弁護士  金崎浩之

「医療記録の改ざん・隠ぺい」 

1 はじめに


残念ながら、カルテ等の医療記録の改ざん・隠ぺいが行われることは少なくありません。それを防止するために、「証拠保全」の手続きが有効であることは前に述べました。


2 医療記録の重要性


医療過誤訴訟において、相手方の過失を立証するためには、医療記録を入手することが絶対条件です。この点、医療機関が医療記録の改ざん・隠ぺいを行う前に、証拠保全の手続きを行うことが出来れば、改ざんされていない医療記録を入手することが可能です。

ただし、医療過誤の直後と言うのは、(当然ですが、)患者やその家族が気落ちしていることが多く、弁護士に相談するまでに時間を要することも少なくありません。そして残念ながら、その間に医療機関が医療記録を改ざん・隠ぺいするということは十分あり得る事です。では、仮に入手した医療記録が改ざんされていた場合、患者側としてはどのように訴訟を進めるべきなのでしょうか。


3 改ざんを立証


医療記録の改ざんについて、患者側が立証に成功すれば、当該医療記録の記載事実や、当該医療記録と合致する医師の証言の信用性は著しく減殺されます。しかしながら、裁判には証明責任と言う概念があります。

不法行為に基づく損害賠償請求では、患者側で医師の過失について立証することが求められています。仮に患者側が医療記録の改ざんの立証に成功したとしても、それは「過失がないことの証拠」として医療機関側が提出した証拠の信用性を否定したに過ぎません。すなわち、「過失があること」を立証したことにはならないのです。

患者側としては、カルテの改ざんを立証するだけでは足りず、勝訴するためには積極的に過失を立証する必要があります。


4 民事訴訟法224条


この点、民法224条2項には、「当事者が相手方の使用を妨げる目的で提出の義務がある文書を滅失させ、その他これを使用することができないようにしたときも、前項と同様とする。(裁判所は、当該文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができる。)」との規定があります。

また、民事訴訟法224条3項には、「前2項に規定する場合において、相手方が、当該文書の記載に関して具体的な主張をすること及び当該文書により証明すべき事実を他の証拠により証明することが著しく困難であるときは、裁判所は、その事実に関する相手方の主張を真実と認めることができる」との規定があります。

民事訴訟法224条を、医療記録の改ざんの場合に適用できるかについては争いがありますが、裁判例は否定する傾向にあります。


5 裁判例


この点、東京池判平成15年11月28日が大変参考になります。この事案では、判決において、「詳細な診療の経過が明らかにならないのは、被告が本件診療録及び本件麻酔記録をねつ造したという事情によるものであり、被告は、これらを自己の責任を免れようとする意図の下で行ったものといわざるを得ない」と述べられ、被告の改ざんが強く非難されている反面、「民事訴訟法224条2項を類推適用して、被告の本件手術によって原告X1に生じた重大な障害の結果について、被告の過失をいう原告らの主張を真実と認めるということも考えられないわけではないが、当裁判所としては、いまだそのような見解をとることに躊躇せざるを得ない」とも述べられ、民事訴訟法224条を医療記録の改ざんの場合に適用するのに関しては否定的な立場を採っています。

そして、「本件事故についての被告の過失を認定するに当たっての前提事実については客観的な証拠に反しない限り、原告らに有利に認定して過失判断を行うべきであるし、被告が本件診療録及び本件麻酔記録をねつ造したという事実は、被告の過失を認定する上で、被告に不利益になる事情であると考えられる。」と述べ、医療記録の改ざんを、被告の過失を認定する上で被告に不利益な事情として扱うとの立場を採ることを明らかにしています。

実際問題、カルテの改ざんを立証するのは著しく困難であり、そのような困難を乗り越えたとしても、訴訟法上は大きな法的効果を得ることが出来ないというのは理不尽な話です。

だからこそ、証拠保全の手続きを行い、改ざんされていない医療記録を入手することが重要になるのです。


6 カルテの隠ぺい


医師法第24条1項は、「
医師は、診療をしたときは、遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならない。」と規定し、同条2項は、「前項の診療録であつて、病院又は診療所に勤務する医師のした診療に関するものは、その病院又は診療所の管理者において、その他の診療に関するものは、その医師において、5年間これを保存しなければならない。」と規定し、医療記録の作成及び保存を義務付けています。

しかしながら、医師には「医療記録を改ざんしない」という不作為義務が課せられているにも関わらず、医療記録の改ざんが後を絶たないというのが現実です。義務付けられているからと言って、医師が故意に医療記録を隠ぺいすることがないと考えるべきではありません。

医師法24条2項の5年間の保存期間内に、合理的な理由がなく医療記録が隠ぺいされたことが立証された場合には、改ざんの場合と同じく、相手方の過失を認定する上で、相手方に不利益な事情となると考えるべきでしょう。