1.投薬と注意義務の基準

 投薬は、疾病の治療目的等のため医師等が患者に薬剤を投与する行為をいいます。

 使用される薬剤は、薬剤の種類、投薬の時期、投薬量、投薬方法が適切であれば疾病の治癒が促進されるなどの利点がありますが、他方で、薬剤は本来的には人体にとっては異物であり投薬すべき薬剤の種類、投薬時期、投薬量、投薬方法などが適切でなければ人体に有害な影響を与える危険性があります。

 もっとも、適切に投薬が行われた場合でも患者に有害な副作用が生じることがありうるため、投薬により患者に副作用が生じただけでは直ちに医師等に法的な責任を問うことはできません。

 しかし、医師等が投薬の際に求められる注意義務を怠り適切な投薬を行わなかった結果として患者に被害が発生した場合には医師等は損害賠償責任を負うことになります。

 患者に薬剤を投与する医師等は、投与する薬剤の種類に応じて投薬時や投薬後に様々な注意義務を負いますが、裁判で投薬をめぐる医師等の注意義務違反の有無が争われる場合には、次項に述べる添付文書と呼ばれる書面(能書と呼ばれることもあります)が重要な役割を果たします。

2.医療従事者の注意義務と添付文書

 添付文書とは薬事法52条1号に基づき製薬会社により作成される書面で、当該薬剤の基本的な情報(使用上の注意事項や用法用量など)が記載されています。

 医師等は、患者に投薬を行う場合には添付文書に記載された注意事項や用法用量を遵守しなければいけません。

 次項に紹介する最高裁判例(ペルカミンS事件)は、

「医師が医薬品を使用するに当たって右文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるものというべきである。」

と判示し、医師が添付文書の記載に反する方法で当該医薬品を投薬した場合には記載に反する投薬を行ったことに特段の合理的理由がない限り、医師等の過失が推定されると判断しました。

3.最判平成8年1月23日判時1571号57頁(ペルカミンS事件)

(1)事案の概要

 虫垂炎に罹患した当時7歳5か月の男子が虫垂切除手術を受けたが、心停止に陥り蘇生はしたが重度の脳機能障害を残存するにいたったため、当該男子およびその両親が医療機関や医師らに対し損害賠償請求を行った事件です。

 手術においては腰椎麻酔剤としてペルカミンSが投与されたところ当時のペルカミンSの添付文書にはペルカミンSの注入前に1回血圧測定し、注入してから10分ないし15分が経過するまでは2分間隔で血圧を測定するべきであると記載されていましたが医師は看護師に5分間隔での血圧測定しか指示していませんでした。

 手術中に患者は「気持ちが悪い」と訴え、ほぼ同時に脈が弱く遅くなり顔面蒼白、唇にチアノーゼが現れ自発呼吸もなくなっていき、心マッサージなどにより蘇生しましたが、患者には重度の脳機能障害が残存することになりました。

(2)裁判所の判断

 最高裁は

「医薬品の添付文書(能書)の記載事項は、当該医薬品の危険性(副作用等)につき最も高度な情報を有している製造業者又は輸入販売業者が、投与を受ける患者の安全を確保するために、これを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載するものであるから、医師が医薬品を使用するに当たって右文章に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるものというべきである。」

と判示したうえ、5分間隔での血圧測定は医療慣行にすぎず5分間隔での血圧測定を指示したことに合理的な理由がないとして医師の注意義務違反および重度な脳機能障害との間の因果関係を認めました。

弁護士 藤田 大輔