1 事案の概要と判決のポイント

 患者は自動車運転中に交通事故に遭い、奈良県立五條病院に救急搬送されました。
 その時には、脳神経外科部長と小児科医が当直していました。
 脳神経外科部長の診察したところ、胸部の聴診や腹部の視診などでは問題がなかったそうです。採血、頭部CT、胸部・腹部の単純X線などでも異常はなかったようで、一応経過観察ということになったそうです。

 ところがその日の夜7時頃容態が急変し、先ほどの脳神経外科部長さんは、外傷性心タンポナーデであるという診断の下で、心囊穿刺(心膜穿刺)を実施しましたが上手くいかず、夜の8時頃に患者は死亡してしまいました。

 大阪高裁は、死因を外傷性心タンポナーデと認定し、心囊穿刺の施行が不適切であったとして過失を認めました(大阪高裁15年10月8日判決)。

2 専門外でも過失認定

 この事件の特徴は、緊急搬送された患者に対して心囊穿刺を実施したのが、循環器外科の医師ではなく、脳神経外科の医師だったわけで、要するにその医師の専門分野ではなかったにもかかわらず、医師の過失を認定している点です。

 この判決に対して、特に医療機関の代理人をされている弁護士さんたちからは評判が悪く批判も少なくないようです(例えば、日経メディカル編「医療訴訟のそこが知りたい」日経BP社・7頁参照)。

 しかし、この奈良県立五條病院は、第2次救急医療機関でした。
 そうであるならば、外傷性の心タンポナーデの患者が搬送されてくることは十分あり得るのであるから、それに対応できる体制が期待されると思います。

 また、脳神経外科医にとって、どこまで”専門外”といってよいかも議論の余地があります。

 心タンポナーデとは、心膜腔内に血液、ガス、腫瘍などが異常に貯留したために、心臓が圧迫されて拡張できなくなった状態を指します。急性心タンポナーデでは、外傷性のものが多いと言われています。
 これに対する基本的な治療は、心膜腔内の異常貯留が心拡張を阻害しているわけですから、この原因の除去、すなわち、これらの貯留物を外科的に除去することになります。除去の方法には、心囊穿刺術・心膜切開術があります。この方法で、通常は劇的に改善するそうです。

 心囊穿刺術とは、局所麻酔を行って穿刺針により心膜腔内の貯留物を吸引するという手技で、ベッドサイドで簡単にできるようです。通常はこれで劇的な改善を見せるそうなんですが、改善が見られない場合、より侵襲度の高い心膜切開術に移行する必要が出てきます。

 そして、実際に、過失が認定された医師は、脳神経外科が専門でしたが、この手技を自らの判断で実施しています。私自身は素人なので、この手技の難易度自体を正確に理解しているわけではありませんが、心膜切開術となると、まさに心臓外科医でないと不安もありますが、左肩あたりから針を穿刺するという簡易な方法でなされる手技ですから、本件の脳神経外科部長も自身の能力と経験でなしうる手技だと判断して実施したのではないでしょうか。自ら”できる”と判断して選択・実施した手技なのに、上手くできずに患者が死亡すると「いや、これは私の専門外だから」という理屈はなかなか通りにくいと思います。

 また、「穿刺吸引は、エコーガイド下に行うと、穿刺部位の選定、安全性の確保ができる」とありますが(「医学大事典・第2版」医学書院・1462頁)、この事件では、当該医師はエコーガイドを利用しないで実施したそうで、この点の医師としての判断にも疑問があります。

 確かに、医師に同情できる点もあることは否定しませんが、当該医療機関が第2次救急医療機関であったことや、自らの判断において簡便にできる手技を選択・実施した以上、その手技が不適切だった場合には医師の責任が肯定されるのもやむを得ないように思います。