弁護士 井内健雄

(2)裁判例

では、次に裁判例を検討したいと思います。MRSA感染症の感染源及び感染経路の確定が困難なため、感染症対策違反を理由として、病院に過失責任を問うことは必ずしも容易ではなく、否定されている裁判例も多くあります。 

他方で、MRSA感染症は、早期に治療を開始すれば、治療効果は高くなるとされており、適切な時期に適当な抗生物質の投与を開始するなど、的確な診断と迅速な治療の開始が必要とされます。このような観点から、病院のMRSA感染症治療上の過失責任を問うことも可能であります。

具体的には、東京地裁平成15年10月7日判決(東京高裁平成21年9月25日判決)の裁判例が参考になります。

 


ア 事案の概要

  帝王切開手術を受けた妊婦が、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)を原因菌とする敗血症に罹患し、その後敗血症ショックに陥り、心停止したことにより、低酸素脳症を発症し、精神知能障害及び四肢・体幹機能障害という重篤な後遺症障害が遺った事案。

  原告は、被告に対し、敗血症に対して適切な時期に、適切な抗生物質を投与すべき義務を怠った過失があるとして、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求をした。


イ 争点

  ①原告がDIC等に陥った原因と時期

  ②原因がMRSAであるとして、被告病院にMRSA感染治療として抗生剤を投与すべき義務があったか

  ③抗生剤の投与により原告の心停止を回避できたのか

  等

ウ 判断

  ①原告がDIC等に陥った原因は、MRSA感染を原因とするセプシスである。

  ②抗生剤バンコマイシンを投与すべき義務があったのに、その義務を怠った。

  ③②の時点で敗血症ショックには至っていなかったのであるから、敗血症に対するバンコマイシンの有効率等に照らし、上記段階で抗生剤バンコマイシンを投与していれば、原告が心停止を回避することができた高度の蓋然性が認められる。


エ ポイント

MRSA感染症は、早期に治療を開始すれば、治療効果は高くなるとされており、適切な時期に適当な抗生物質の投与を開始するなど、的確な診断と迅速な治療の開始が必要とされます。このような観点から、病院のMRSA感染症治療上の過失責任を認めたこと。

従来、MRSAに感染させたことを争点とする場合、感染原因、感染源、感染ルート等の特定が困難となり、過失、因果関係が否定されるという裁判例も少なくなかった。

そのような状況の中で、①MRSA感染により後遺症が残っていること、②早期の段階でバイコマイシン等の抗菌薬を投与していないこと、③バイコマイシン等の投与により、結果回避できたことが立証できれば、責任追及をすることが可能となった。

以上