【総論】

妊娠をした女性が自ら堕胎をすること、妊娠した女性を堕胎させることは、原則として罪になる(刑法212条~216条)。日本では、妊娠した女性の堕胎を認めないというのが国の基本的姿勢であるといえる。
母体保護法14条1項1号又は2号の要件をみたすときは、例外的に指定医師の手によってのみ堕胎が認められている。

【胎児異常と出生前診断】

 すべての新生児のうち、3~4%には何らかの異常(染色体異常、遺伝疾患、先天性代謝異常、奇形など)があるとされる。こうした胎児の異常を検査し、診断することを出生前診断という。しかし、胎児の異常は、それによって母体の健康を著しく害するといえない限り堕胎の理由にはならない(母体保護法14条1項)。そのため、検査実施前に、胎児に異常の認められる可能性及び検査を行う意義、検査法の診断能の限界、検査結果判明後の対応などについてよく説明し、十分なカウンセリングを行うことが必要とされている。

【胎児異常に関する医師の説明義務】

 下記の裁判例はいずれも、母体保護法の前身である優生保護法下でのものである。優生保護法では、現在の母体保護法では適法な堕胎理由にあたらない、本人もしくは配偶者又はその二人の四親等内の血族に遺伝的疾患・奇形等がある場合や、本人または配偶者がらい病患者であって、子孫に伝染するおそれのある場合なども堕胎理由とされていた。

※ 認められた例(東京地裁昭和58年7月22日/昭和55年(ワ)4788事件)

妊娠初期に原告妊婦が風疹に罹患しており、医師もそのことを理解していたが告げなかったと認められた事案。

裁判所は「産婦人科医は、専門医として妊婦の健康を管理し、健康児を出産することができるよう配慮すべき立場にあるのであるから、妊婦に異常児出産の危険性が認められる場合には、その危険性の有無、程度を適確に診断するとともに、その危険性等について十分な説明を行い、適切な指示をすべき義務を負う」と判示し、妊娠初期に妊婦が風疹に罹患すると胎児に重大な影響を与えることは、妊婦が医師に対し「風疹にかかった」と告げた昭和51年6月28日の時点で既に医報や厚生省も抗告するなどの医学事情があったのだから、本件の医師には説明義務違反があるとされた。

※ 認められなかった例(京都地裁平成9年1月24日/平7(ワ)629事件)

満39歳の妊婦に対し、医師がダウン症児出生の可能性や羊水検査の必要性について積極的に説明しなかったと認められた事案。

裁判所は「人工妊娠中絶が法的に可能な期間の経過後に胎児が染色体異常であることを妊婦に知らせることになれば、・・・場合によっては違法な堕胎を助長するおそれも否定できない」「出産準備のための事前情報として妊婦が胎児に染色体異常が無いか否かを知ることが法的に保護されるべき利益として確立されているとは言えない」として、出産するか否かの検討の余地が無い場合にまで、産婦人科医師が羊水検査を実施すべく手配する義務等がないと判断した。

また、個々の妊婦の状況によって染色体異常児出生の危険率等は異なるのであるから、妊婦から相談や申し出がない以上あえて個々の妊婦にこれらを説明する義務はないとして、高齢出産を行おうとする妊婦に対する積極的な説明義務違反についても否定した。

【参考文献】

・病気がみえる vol.10(第三版)/Medic Media
・判例にみる医師の説明義務/新日本法規
・医療訴訟の実務/商事法務

以上