1 裁判例

①高知地裁昭和60.5.9(判タ562.167)→肯定

 交通事故による骨折は、骨折部位に強い外力が加えられて生じたものであるから、生体の細菌に対する防御力が著しく減弱し、骨感染を起こしやすい状態にあるところ、手術の際の感染は、感染菌の接触によるものがほとんどであるから、手術創の感染、化膿を防止するためには、手術野及び手術創に触れるすべてのものをできる限り無菌に近い状態にすることが必要である。したがつて、手術を担当する医師は、当該手術がきわめて軽易な部分的手術である場合又は緊急を要する手術で、衣服を取り替える余裕のない場合を除き、これを取り替えて感染の防止に努めるべき義務がある。

被告不可効力の主張

 しかし、被告において、患者の術後感染が右のように不可避的に発生したものであるといいうるためには、まず、同被告が手術に当る医師としてなすべき注意義務を尽していることが必要であるところ、同被告は、右注意義務を尽しておらず、従って、取り替えなかつた衣服からの感染の余地が残されている以上、本件における術後感染が不可抗力によるものであるということはできない。

②福岡地裁平成5.5.27(判タ857.220)→肯定

被告不可抗力の主張

 被告において感染症の微候が現れて後五日間にわたり、包帯交換等の措置をしなかったことからすると、被告は、その間の治療を怠ったというべきである。感染症発生についても適切な治療(措置)を実施しなかった過失があり、これと原告の本件重篤な感染症との間に因果関係があるものと認めざるを得ない。

③大阪地裁平成7.10.26(判タ908.238)→否定

 手術器具の滅菌、術者の消毒等の方法は感染防止措置として一般に行われている相当なものであって、問題とすべき点はないことか認められ、右認定事実によれば、丁田医師は、本件手術に際して、クリーンルームの使用、術野の消毒、手術器具等の滅菌、術者の手術時の手洗などの感染防止の措置を十分に行っていたものということができるから、丁田医師の行為に過失ないし債務不履行があったということはできない。

 現在の医療技術によっては、人体そのものを無菌的にすることができず、消毒薬として通常使用されるポピドンヨード(イソジン)も完全滅菌を期待しうるものではなく、また、クリーンルームの使用によっても手術室を完全に無菌状態にすることができないため、手術による感染を完全に防止することは不可能であることが認められる。したがって、原告が本件手術の際に感染し、骨髄炎に罹患したとしても、そのことから直ちに丁田医師の本件手術の際の滅菌等の感染防止の措置か不完全であったと推認することはできない。

④東京地裁平成13.10.31(判タ1183.291)→肯定

 原告がMRSA等の細菌に感染し、骨髄炎に罹患することを未然に防止すべく、手術を実施すべき時期等の判断において細心の注意を払い、上記治療に当たるべき注意義務があったというべきである。

 本件交通事故当日から本件手術に至るまでの間の原告の白血球数、体温、CRP値は、いずれも正常値を超え、特に、CRP値は正常値の数十倍であって、明らかに異常な数値を示しており、しかも、続いて低下傾向にあったとは認められず、平成3年7月1日及び2日、左下腿部には、発赤、腫脹、熱感が認められ、同月3日には左下肢部の疼痛を訴え、左下肢の開放創から中程度の膿が排出され、その周囲は発赤し、腫脹していたため、イソジンによる洗浄が行われ、同月4日の本件手術前にも、左下腿部には、熱発、発赤が認められていたのであり、左下腿に感染がある状態で、右足の手術をすれば、術野又は血行性の骨髄炎を起こす可能性がある。

 こうした状況に照らせば、原告は、本件手術時において、これを施行するに相当な状態ではなかったというべきである。

 右大腿骨の骨折について、骨癒合という効果を得るべく、固定法を施行する限界は、受傷時から約3週間の時点である。本件の原告においては、受傷から本件手術日までいまだ8日間を経ていたにすぎず、全身状態、局所状態のいずれからしても相当と認められなかったこの時期にあえて本件手術を実施しなくとも、骨癒合という効果を得ることは可能であったということができる。

2 考察

 判例③は過失を否定している。判例③が過失を否定した理由は、手術器具の滅菌、術者の消毒等の方法は感染防止措置をとり、可能な限り、感染リスクを低減させていたからである。

 他方で、判例①及び判例②は、過失を肯定している。判例①については、細菌が付着している可能性のある衣服を取り換えていないこと、判例②は、細菌感染している可能性のある包帯を交換していないことを根拠としている。特に判例②については、感染兆候が表れて以降に包帯の交換をしていなかったことを根拠にしているので、細菌感染の可能性がある場合にその対処をすべきことが要求されているといえる。

 もっとも、判例①も②も感染経路は特定されていないことから、因果関係が緩く認められている。

 また、判例④についても、過失を肯定している。判例④は左下腿部に感染がある状態で、右足の手術をすれば、骨髄炎を起こす可能性があることを前提に、手術時期が相当でないとしている。相当と認められなかったこの時期にあえて本件手術を実施しなくとも、骨癒合という効果を得ることは可能であったとしている。

 以上から、細菌感染が疑われる事情がある場合に、細菌感染防止処置が容易にできるのに、していない場合に義務違反が認められている。