(1)医療慣行と医療水準

 「医療慣行」とは、臨床医療の現場で平均的医師により現に広く慣行的に行われている方法のことです。

 「医療水準」とは、これまでの記事の中で書いてきたように、医師が尽くすべき注意義務の基準となるべき水準のことをいいます。

 簡単にいえば、医療慣行というのは、事実的な概念であるのに対し、医療水準というのは法律的な概念であるということができます。

 医療慣行が、平均的な医師により現に臨床現場で行われている方法であることからすると、医療慣行こそが医療水準の基礎となる概念であり、両者の守備範囲を分けて考える必要はなさそうに感じられます。

 しかし、医療過誤事件において、両者は別概念としてとらえられています。

 では、両者を分けて考える必要はどこにあるのでしょうか?

(2)どのような場面で問題となるのか?

 両者の区別が問題となる場面として、医師が医療慣行に従って診療行為を行った結果として医療事故が生じた場合が考えられます。

 この場合、当該医師は注意義務を尽くしたということができるのでしょうか?

 つまり、医療慣行と医療水準は一致するのか、ということが問題となります。

 医療慣行は、一定の合理性を有するからこそ慣行足りえているともいえそうなので、医療水準と同じ意味だと考えることもできそうです。

 では、この点について、裁判所をどのように考えてきたのでしょうか?

 医療慣行と医療水準の関係性について先例性を有すると考えられる2つの最高裁判例を見てみることにしましょう。

(3)先例性を有すると考えられる2つの最高裁判例

昭和36年2月16日・判時251号7頁 「東大輸血梅毒事件最高裁判決」

 国立病院に所属する医師が血清検査証明書等を持参した給血者に対して、「身体は大丈夫か」と尋ねたのみでそれ以上の検査を行わないまま当該給血者の血液を輸血された人が梅毒に感染してしまったので国に対して不法行為に基づく損害賠償請求をしたという事例です。

 国側は、所定の証明書等を持参した給血者に対しては問診を省略するのが医師の慣行であるので、国は責任を負わない旨の主張を行いました。

 しかし、最高裁は、

「注意義務の存否は、もともと法的判断によって決定されるべき事項であって、仮に所論のような慣行が行われていたとしても、それは唯だ過失の軽重及びその度合を判定するについて参酌されるべき事項であるにとどまり、そのことの故に直ちに注意義務が否定されるべきいわれはない」

 と判示しています。

 つまり、仮に所定の証明書等を持参した給血者に対しては問診を行わないという取扱いが平均的医師において臨床現場で現に行われている医療慣行であったとしても、当該医師が問診を省略して輸血を行うことは、当時の医療水準として要求される水準での注意義務を尽くして輸血したことにはならない、という趣旨の判断を下したということです。

平成8年1月23日・判時1571号57頁

 患者が虫垂切除手術を受ける際に、麻酔剤である「ペルカミンS」を使用して腰椎麻酔を施したうえで手術が行われた事例である。

 このときの手術で使用された麻酔剤の添付書類(能書)には、本件麻酔剤を投与した場合には2分ごとに血圧測定すべき旨記載されていました。

 しかし、当時の医療慣行では、本件麻酔剤を使用した場合、5分ごとに血圧測定するもとされており、本件でも5分ごとの血圧測定が行われました。

 その結果、患者は脈拍に異常をきたし自発呼吸停止を経て心停止の状態に陥りました。

 そして、心停止の状態に陥ったことが原因で、患者に重度の脳機能低下症の後遺症が残った、という事案です。

 この事案において、最高裁は、

「医療水準は、医師の注意義務の基準(規範)となるものであるから、平均的医師が現に行っている医療慣行とは必ずしも一致するものではなく、医師が医療慣行に従った医療行為を行ったからといって、医療水準に従った注意義務を尽くしたと直ちにいうことはできない」

 と判示しました。

 つまり、仮に当時の医療界において血圧測定を5分ごとに行うことが平均的な医師が現に行っていた医療慣行であり、当該医師がこの医療慣行に基づいた方法を履践したとしても、当時の医療水準に基づいた注意義務を尽くしたことにはならず、当該医師には添付文書の記載に従って、2分ごとの血圧測定を行うべき注意義務があった、との判断を下したわけです。

 この判例は、上記の東大輸血梅毒事件の判例の立場を踏襲したものと考えられます。

(3)どのように考えるべきか。

 最高裁の立場としては、事実的概念である医療慣行と法的概念である医療水準は異なると考えられているようです。

 この点について、どのように考えるべきでしょうか?

 確かに、医療慣行も一定の合理性を有するから広く慣行として行われているといえるので、必ずしも医療水準と合致しないものばかりでもないでしょう。

 しかし、医療水準は、医学や医療技術などが進歩することにより常に変動するものです。そうすると、従来は医療水準となりえた程度の合理性を有する医療慣行も、医学の進歩などにより医療水準という観点からは合理性を有しないという事態が生じるのは当然といえます。

 このように考えると、判例の立場は理論の側面からも妥当性の側面からも、正当であるといえるのではないかと考えられます。

弁護士 藤田 大輔