1 意義

 急性脳症とは、急性脳炎に似ているが脳に炎症の所見を欠くときに診断される疾病(非炎症性急性脳機能障害)であり、代謝性、中毒性疾患により急性に発症する中枢神経障害を意味する。

2 原因

 脳のエネルギー不足(低酸素症、低血糖症、血流障害)、代謝物質増加(先天性代謝異常症、肝不全、腎不全、膵炎、糖尿病、中毒)、神経伝達抑制(電解質異常、中毒)、その他(ライ症候群、ウイルス感染に伴う急性脳症)など、原因はさまざまである。

3 臨床所見

 頑固な嘔吐、意識障害、肢位の異常及びしばしば先行疾患を伴うこととされ、意識障害は必ず発生するものとされている。意識障害の程度は軽い昏迷から深昏睡まで種々のものがあるが、特にTVサインと呼ばれる周囲に無関心な状態や攻撃的な状態を見逃さないことが早期発見、早期治療につながるとされている。

4 診断方法

 症状、髄液検査(圧上昇)、脳のCTやMRI(脳浮腫像)、脳波(高振幅徐波)から診断する。原因を調べるため、血液や尿、胸部X線、心電図などの検査が必要である。

5 治療方法

 入院して全身管理をしながら抗けいれん薬を使用し、原因疾患の治療と脳浮腫の治療(輸液制限、濃グリセリン・果糖の点滴)を行う。予後は原因によって異なるものの、一般に意識障害やけいれんが長引くほど神経後遺症のリスクが高くなる。

6 裁判例

最三判平成15年11月11日

【事案】

 開業医に通院中の患者について、初診から5日目になっても投薬による症状の改善が見られず、点滴を開始したものの患者に軽度の意識障害等を疑わせる言動があり、これに不安を覚えた母親から診察を求められたものの、患者を適時に適切な医療機関へ転送しなかったため、重大な後遺障害が生じたものである。

【判旨】

(1)転送義務について

 重大で緊急性のある病気のうちには、その予後が一般に重篤で極めて不良であって、予後の良否が早期治療に左右される急性脳症等が含まれること等にかんがみると、本件事実関係の下においては、本件診療中、点滴を開始したものの、上告人のおう吐の症状が治まらず、上告人に軽度の意識障害等を疑わせる言動があり、これに不安を覚えた母親から診察を求められた時点で、直ちに上告人を診断した上で、上告人の上記一連の症状からうかがわれる急性脳症等を含む重大で緊急性のある病気に対しても適切に対処し得る、高度な医療機器による精密検査及び入院加療等が可能な医療機関へ上告人を転送し、適切な治療を受けさせるべき義務があったものというべきである。

(2)相当程度の可能性の侵害について

 患者の診療に当たった医師が、過失により患者を適時に適切な医療機関へ転送すべき義務を怠った場合において、その転送義務に違反した行為と患者の重大な後遺症の残存との間の因果関係の存在は証明されなくとも、適時に適切な医療機関への転送が行われ、同医療機関において適切な検査、治療等の医療行為を受けていたならば、患者に重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されるときは、医師は、患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負うものと解するのが相当である。

【評価】

(1)開業医の転送義務について

 まず、本判決は、初診から5日目になっても投薬による症状の改善が見られず(嘔吐の症状が治まらない)、点滴を開始したものの患者に軽度の意識障害等を疑わせる言動がある場合、患者に重大な病気の可能性がある場合の開業医の総合病院への転送義務を認めたものである。
 すなわち、医師に転送義務が発生するためには、当該医師が何らかの特定の病気の可能性を疑うことまでは必要なく、自らが検査及び治療の面で適切に対処することができない何らかの重大で緊急性のある病気の可能性を疑うことで足りることとなる。

(2)相当程度の可能性の侵害について

 次に、医師に患者を適時に適切な医療機関へ転送すべき義務を怠った過失がある場合において、転送が行われ、医療機関において適切な検査、治療等の医療行為を受けていたならば、患者に重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されるときは、医師は、患者が右可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負うと判示した。これは患者が死亡したケースについて、生命が極めて重大な保護法益であることに鑑みて、生命を維持する客観的可能性も重大な保護法益であるとして、その侵害を不法行為と認めたものである。
 この最高裁判決が出る前に、「医師が過失により医療水準にかなった医療を行わなかった場合には、その医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないが、上記医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合には、医師は、患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負うものと解すべきである」(最高裁平成9年(オ)第42号同12年9月22日第二小法廷判決・民集54巻7号2574頁参照)という最高裁判所の判例法理が確立されていたが、本判決はこの法理を確認するとともに、患者に本件のような重大な後遺障害が残ったケースについて、この法理の射程を広げたものである。ただし、本判決は、その説示に照らせば、この法理の射程を重大な後遺障害一般に広げたものでも、まして健康侵害一般に広げたものでもなく、この法理がどこまで適用されるのかは今後に残された問題である。

以  上