1 ルンバール事件判決

 これは、医療事件を扱う弁護士であれば誰でも知っている有名な判例です。事件の概略は、化膿性髄膜炎で入院した3歳の患者に対して、医師がルンバールによる治療を施行したところ、脳出血が発生し、患者に右半身不全麻痺、知能障害等の重篤な後遺症が発生したという事案です。

 この事件の最高裁判決は昭和50年ですが、事件それ自体は昭和30年9月ですから、その当時の医療水準が前提となっています。したがって、症例に対する医療行為の是非について、今日ではそのまま使える判例ではありませんが、最高裁が判示した内容は今日でも通用するものです。

2 医療過誤の因果関係

 医療は言うまでもなく、「自然科学」の分野に属します。したがって、過失と結果の因果関係は、自然科学的に証明されなければならないことになりそうです。しかし、これは至難のワザです。

 まず第1に、ヒトの体内で起こっている現象を正確に把握することは難しいです。これは専門家である医師であっても同様です。臨床の現場では様々な所見から”推定”せざるを得ないことも珍しくありません。

 第2に、これと関連しますが、原因となりうる行為が複数存在しうることです。例えば、本件の場合、ルンバール→脳出血→後遺症という因果経路になっているのですが、脳出血の原因はルンバール以外にもありうるわけです。また、本件の後遺症が、脳出血で発症したというのも必ずしも断定できません。他原因が考えられるために、厳密な因果経路を自然科学的に証明することは医師であっても困難です。

 第3に、自然科学としての医学は完璧ではなく解明されていない問題も多い点です。21世紀の現代社会でも全ての医療行為の効果が解明されているわけではありません。まして昭和30年というとCTも存在しなかった時代です。

 このような事情を前提とすると、過失と結果の因果関係を文字通り自然科学的に証明しなければならないとすると、医師にもできないような証明を患者側に課すに等しい結果になってしまいます。

3 判例のポイント

 この点に関し、表題の最高裁判決は、因果関係の立証について、「一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、……高度の蓋然性で足りる」としました。”高度の蓋然性で足りる”とは、分かりやすく言うと、「自然科学上厳密にそうとは言い切れなくても、経験上ある行為からある結果が発生したと信じられる程度」に立証されればよいとする趣旨です。

 したがって、患者側としては、過失と結果の因果関係について、自然科学的証明をする必要はなく、全証拠に照らして経験則上高度の蓋然性(患者側の主張するストーリーも十分ありうる)を立証すれば足りることになります。