1 定義及び頻度

 ペニシリナーゼ抵抗性薬物であるメチシリンに耐性を示す黄色ブドウ球菌であって、メチシリン以外にもセフェム、マクロライド、アミノグリコシド系薬物に耐性を示す多剤耐性菌である。現在のわが国において分離される黄色ブドウ球菌のうち40ないし70パーセントを占める。院内感染の原因菌として重要であり、入院患者のMRSA保菌者(鼻腔あるいは咽頭)は、約2ないし20パーセントとされている。

2 病態及び症状

 主として、悪性腫瘍や自己免疫疾患患者、外科手術後の患者、高度熱傷患者、老年者、産褥にある婦人、新生児など感染抵抗性を減弱させる全身的要因を有する場合(易感染性宿主)に、治療抵抗性の難治性感染症を引き起こす。MRSAは、各種抗菌薬に対して高度耐性という性質を合わせ持つために、特に易感染性宿主において、敗血症、心内膜炎、肺炎、腸炎、尿路感染症、皮膚軟部組織感染症など、局所あるいは全身の難治性感染症を引き起こす。
 MRSA感染症に特徴的な症状や所見はない。当然ながら感染部位によって症状も異なり、敗血症及び心内膜炎では悪寒戦慄や発熱、肺炎では咳嗽、膿性痰、発熱、腸炎では水様性下痢、発熱などが認められる。もっとも、高齢者や免疫能の低下した患者では、発熱の見られないこともある。

3 検査所見

 血液検査では、白血球数(WBC)の増加、左方移動、赤沈の亢進、C物質反応性蛋白(CRP)の上昇が見られる。免疫不全や敗血症の患者では、これらの反応が見られず、白血球数はむしろ減少することもある。

4 治療方法

 現在日本でMRSA感染症治療用に認可されている注射用抗生物質は、アルベカシン(ハベカシン)、バンコマイシン、テイコプラニンの3種である。このほかに特殊用途用薬剤として、MRSA腸炎に用いられる経口用塩酸バンコマイシン散、鼻腔内MRSA除菌用の局所薬としてムピロシンがある。

5 MRSA感染に関する医療機関の法的責任

 MRSA感染症に関する訴訟においては、①病院の院内感染防止に向けた衛生管理体制の不備、②感染徴候ないし感染が判明した後の治療の適否(細菌培養検査、抗生物質の選択・投与時期など)が争われるものが多く、双方が争点となることもしばしばみられる。

6 ①について

(1)問題点

 MRSAは人体に常在する常在菌であり、入院患者の2~20%が保菌者とも言われているので、いつどこから感染したのか、その感染経路を明確に特定することは困難な場合が多い。それゆえ、「感染源及び感染経路を確定できない以上、いずれの点において被告に過失があったかについてこれを確定することはできない」などとしてその責任が否定される判決が多くあった。
 しかし、近時は感染経路がある程度特定出来る事案において感染責任を肯定する判決もみられるようになった。

(2)裁判例

 大阪地判平成13年10月30日判タ1106号187頁

【事案】

 Aが脳腫瘍摘出手術後MRSAによる化膿性髄膜炎を発症したものである。

【判旨】

 脳腫瘍摘出手術後の合併症として髄膜炎があり、縫合部では髄液漏を起こしやすく、Aは実際に髄液漏を起こしたが、B病院は、患部を十分に消毒し、ガーゼ等で患部を十分に被覆し、ガーゼを固定すること等により、医療関係者又は第三者が患部や患部から漏出した髄液等に接触して発症するMRSA感染を防止するための適切な処置を講ずる義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、患部を露出させたまま一時放置し、患部の消毒や被覆について適切な処置を講じなかったため、AはMRSAによる化膿性髄膜炎に罹患したと認定した。そして、Aが化膿性髄膜炎に罹患した結果、髄膜炎治療に時間をとられ、カルボプラチンによる化学療法が遅れたため、その間に腫瘍が増大したとし、化学療法の開始の遅れがなければ、Aはその死亡の時点においてなお生存していた高度の蓋然性が認められるとして、Aの死亡につき、Yの責任を認めたものである。

【評価】

 医療機関が感染の危険性が極めて高い状況を作出しているということを理由に感染責任を肯定していると考えられる。

7 ②について

(1)問題点

 MRSA感染後の治療責任については、感染予防責任と比較すると、具体的治療経過を分析すれば過失の特定が比較的容易である。そこで、MRSAの治療薬であるバンコマイシンが適切な時期に投与が開始されていたかが争われることがほとんどである。

(2)裁判例

 前橋地裁高崎支判平成13年3月22日判タ1120号246頁

【事案】

 Xらの子Aは、生まれつき心房中隔欠損症であったため、大学病院で手術や治療を受けていたが、Yの経営するB病院を受診した際、僧帽弁閉鎖不全症と診断され、人工弁置換手術を受けることになって、平成8年9月24日、B病院に入院し、翌25日、Yの執刀により右手術を受けた。ところが、右手術後、Aには痛みや発熱が続き、Aの白血球数やCRP値も高い数値で推移したうえ、同月28日、Aの心のうに設置されたドレインから、白色混濁の物質が検出される等の現象もみられた。これに対し、Yは、Aに薬剤投与等の治療を行うとともに、同年10月1日、Aの血液を試料として外部機関に委託し、菌培養同定検査及びMRSA薬剤感受性検査を行ったが、その結果、Aの血液からはMRSAが検出された。Yは、同月5日、Aに対し、バンコマイシンを投与し、治療に努めたが、Aにはその後も、麻痺、出血等の症状が続き、ついに同月26日、Aは、B病院において、MRSA感染症を原因とする低心拍量症候群で死亡した。

【判旨】

 AがB病院に入院していた期間及びその前後の近接した時期に、B病院には、Aの他に4名のMRSA保菌患者が入院しており、Yが同人らにMRSA感染症の特効薬とされるバンコマイシンを投与していた事実から、同人らがMRSA感染症発症者であり、Yは、そのことを認識していたと認定し、したがって、そのような状況下では、Yには、Aの症状いかんで、MRSA感染を疑って治療を行うべき注意義務が存したというべきところ、Aの手術後の症状の推移、特に、同年9月28日にAの心のうドレインから白色混濁の物質が検出された事実は、MRSA感染症発症の重要な兆候であったのであり、それにもかかわらず、Yが、Aの血液を試料とする菌培養同定検査を行ったのは同年10月1日、Aにバンコマイシンを投与したのは同月5日であって、特に、後者に関しては、当時の医療水準のもと、バンコマイシンは、MRSA感染に対する第一次選択薬で、副作用を警戒して、MRSA感染が明確でない限りそれを使用してはならないという意識も、医師の間に一般化していなかったのであるから、Yは、Aに対し、たとえ検査の結果、MRSA感染が明確化する以前であっても、より早期にバンコマイシンを投与すべきであったというべく、MRSA感染症も、早期に適切な薬剤投与が開始されれば、70ないし80パーセントは治癒するとされることからすれば、結局、YのAに対する検査及び治療、特に、バンコマイシン投与の遅れが被告の死亡につながったとして、Yの過失を認め、AのMRSA感染原因等、感染防止対策について判断するまでもなく、Yに責任が認められる。

【評価】

本判決は、MRSA感染について、医師の感染症発症後の治療の過失をとらえ、医師の責任を肯定した事例である。

以  上