医療過誤事件では、医療ミスが窺われる事情があったとしても、直ちに医療機関や医師に対する責任追及をするということはありません。

 責任追及の前提として、医師らに医療ミスに当たる行為(あるいは不作為)があるか、それがあるとしてそのミスが法的にも過失として評価できるかを調査しなければなりません。その判断資料として医療機関の保有する医療記録は不可欠です。前回ご紹介したように、医師側の過失の立証責任は患者側にありますし。

 そして患者側がその医療記録を確保する手段として、「証拠保全」の制度が重要な役割を果たしています。

 「証拠保全」とは、あらかじめ証拠調べをしておかなければ後日その証拠を使用することが困難となる場合に、裁判所を介しその証拠調べの結果を保全しておく手続をいいます。これによって、患者側にも医療記録が開示されることになります。

 まずその位置づけについて。

 調査において医療記録を入手するには、任意の方法と強制の方法があります。任意の方法としては主に患者自身が医療機関にカルテ開示を請求する方法と弁護士照会による方法があります。証拠保全は、後者の強制的な方法に当たります。医療機関側から任意の開示が期待できる場合は、前者の方法によると費用の節約にもなります。しかし、提供されたカルテ等が改ざんされている可能性があるというリスクは拭えません。そこで、改ざんの防止の観点からはやはり証拠保全が有効な手段となります。特に、小規模医療機関では開示が拒否されたり改ざんの危険が比較的高いために、証拠保全によるべきといわれています。

 では、「医療過誤事件だから改ざんのおそれがある」といえば認められるのでしょうか。

 実務上、申立書に「改ざんのおそれがある」と一般的・抽象的に記載されているにすぎない場合でも、申立てが認められるケースも多いようです(「別冊ジュリスト(No.169)」168頁)。しかし裁判例では、保全を必要とする事由は具体的に主張しかつ疎明しなければならない、それは診療録等の改ざんについても同様であると判断したものがあります(広島地決昭61年11月21日)。

そして、その具体的な主張の例として、

① 医師に改ざんの前歴がある
② 医師が患者から説明を求められたのに正当な理由なくこれを拒絶した
③ 前後矛盾ないし虚偽の説明をした
④ その他ことさらに不誠実又は責任回避的な態度に終始したこと

などを挙げています。

 このように、裁判所によっては具体的主張を求められる場合もある以上、申立の際には、これらの事情を記載した陳述書等を添付し、具体的に改ざんのおそれがあることを示しておいた方が良いでしょう。

 証拠保全の当日は、裁判所の主導の下弁護士らが医療機関に出向き、カメラマンが記録を撮影する方法等により実施されます。この際、ただ医療機関から提供された資料を撮影すればよいのではなく、不足の記録があればその提出を求め、また、事案に応じ必要かつ重要な記録は何か判断したり、不明点等につき医療機関側の説明を調書に残してもらうといったことも必要になります。そのため、患者側としては、現場でこのような判断が適切にできるだけの知識や経験を備えた弁護士に依頼することも、重要なことといえます。

弁護士 池田実佐子