1.知識の専門性

 医療過誤訴訟は、専門訴訟と言われます。専門訴訟には、他にも、行政訴訟や知的財産権訴訟などがあり、いずれも専門的な知識が要求されます。

 医療過誤訴訟では、弁護士に高度の医学知識が要求されますが、同じ弁護士でも、病院側の代理人か、患者側の代理人かで訴訟遂行の難易度には格段の差があります。病院側の代理人ですと、医師から医学の知識を授けられ、随時指導が受けられ、医学文献も容易に入手できます。これに対して、患者側の代理人の場合、専門家である医師・病院を相手に争うために、診療録を詳細に分析したり、自分で専門書や医学文献を集めて勉強したりするわけですから並大抵のことではなく、大変な時間と労力を要します。

 しかし、特に高度な専門知識が要求される案件では幾ら勉強しても限界があり、協力医の存在が欠かせません。訴訟では、原告・被告双方から専門医が作成した私的鑑定意見書を提出しなければならないので、私的鑑定意見書を作成して下さる協力医がいなければ、そもそも提訴も出来ません。本人訴訟や医療を専門としない弁護士は、私的鑑定意見書を提出しない場合もあるようですが、診療行為の過失が熾烈に争われるケースで勝訴するのは難しいと思います。患者側、病院側双方の弁護士と医療集中部の裁判官との研究会で、裁判官は、原告は、提訴の時に私的鑑定意見書を提出して欲しいと述べておられました。

 一口に医療と言っても、脳外科、神経内科、耳鼻咽喉科、眼科、消化器科、循環器科、泌尿器科、産婦人科、整形外科、歯科、美容整形外科と様々な専門領域があり、医師でも専門外のことはあまりよく知りません。患者側代理人にとって、いつでも相談できる協力医がどれほど多くいるか、そして、各専門分野の医師の協力を確保できるかが非常に重要となります。

2.理解してもらう難しさ

 ここまでは、弁護士の医学知識の観点から医療過誤訴訟の難しさを述べてきましたが、患者側代理人に要求されるのは、それだけではありません。判断者である裁判官に医学的問題点を分かりやすく伝え理解してもらう必要があります。

 医療集中部の裁判官は、他の裁判官に比べ大変よく医学の勉強をされていますが、もともと医学知識があるわけでも、長年医療過誤訴訟を扱っているのでもなく、医療集中部に配転された3~4年間集中して医療事件を扱うだけなので、とりわけ転勤したての裁判官にいきなり高度の医学知識の理解を求めるのは酷といわざるを得ません。医療集中部がない裁判所の裁判官の場合、医学のことは殆ど分からないということが少なくありません。法曹は文系の人が多いので、なかには理系は苦手という裁判官もいらっしゃるのです。

 患者側代理人にいかに医学の知識があっても、医学の専門家ではない裁判官に理解して頂くために、分かりやすく医学的知見や問題点を伝え、原告の主張が正しいと確信してもらう努力を尽くさなければ裁判には勝てないと思います。少し極端かもしれませんが「医学の常識は、裁判では通用しない」と考えた方が良いかもしれません。

弁護士 石黒麻利子