1 説明義務の内容、程度

(1)

診療過程において、医師の説明義務が問題となりうるのは、①特定の検査を実施する場面、②当該検査の結果、病名及び病状の説明をする場面、③治療を実施する場面(療法選択に関する場面)に大別される。
 そして、裁判実務上、最も多いのは③治療を実施する場面であり、当該療法を受けなくても直ちに重篤な状況を生ずるものではないが予防的に療法を実施する場合に、その説明の当否が問題になることが多い。
 そこで、2つの判例の事案に即して、この点を具体的に記述する。

(2)

判例
最三判平成13年11月27日民集55巻6号1154頁

【事案】

開業医であるものの、乳がんの専門医であるYに乳がんと診断されてその執刀により、乳房の膨らみをすべて取る胸筋温存乳房切除術を受けたXが、Yに対し、腫瘤とその周囲の乳房の一部のみを取る乳房温存療法についての説明義務違反を理由に診療契約上の債務不履行等に基づく損害賠償を請求したものである。平成3年2月の本件手術当時、胸筋温存乳房切除術は医療水準として確立していたが、乳房温存療法は未確立であった。しかし、乳房温存療法を実施している医療機関も少なくなく、相当数の実施例もあり、これを実施した医師の間では、積極的な評価がされていた。Yは、Xに対し、乳房を残す方法も行われているが、この方法については、現在までに正確には分かっておらず、放射線で黒くなったり、再手術を行わなければならないこともあることを説明した。

【判旨】

疾患が乳がんであること、その進行程度、乳がんの性質、実施予定の手術内容のほか、もし他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などが説明義務の対象となる。
一般的にいうならば、実施予定の療法(術式)は医療水準として確立したものであるが、他の療法(術式)が医療水準として未確立のものである場合には、医師は後者について常に説明義務を負うと解することはできない。とはいえ、このような未確立の療法(術式)ではあっても、医師が説明義務を負うと解される場合があることも否定できない。少なくとも、当該療法(術式)が少なからぬ医療機関において実施されており、相当数の実施例があり、これを実施した医師の間で積極的な評価もされているものについては、患者が当該療法(術式)の適応である可能性があり、かつ、患者が当該療法(術式)の自己への適応の有無、実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合などにおいては、たとえ医師自身が当該療法(術式)について消極的な評価をしており、自らはそれを実施する意思を有していないときであっても、なお、患者に対して、医師の知っている範囲で、当該療法(術式)の内容、適応可能性やそれを受けた場合の利害得失、当該療法(術式)を実施している医療機関の名称や所在などを説明すべき義務があるというべきである。

そして、乳がん手術は、体幹表面にあって女性を象徴する乳房に対する手術であり、手術により乳房を失わせることは、患者に対し、身体的障害を来すのみならず、外観上の変ぼうによる精神面・心理面への著しい影響ももたらすものであって、患者自身の生き方や人生の根幹に関係する生活の質にもかかわるものであるから、胸筋温存乳房切除術を行う場合には、選択可能な他の療法(術式)として乳房温存療法について説明すべき要請は、このような性質を有しない他の一般の手術を行う場合に比し、一層強まるものといわなければならない。

【評価】

この問題について、画一的、一般的な基準を提示することは困難であり、事案ごとに検討せざるを得ないものと思われる。
本判決は、医療水準として未確立の代替的医療行為が少なからぬ医療機関において実施されており、相当数の実施例があり、これを実施した医師の間で積極的な評価もされているものについては、患者が代替的医療行為の適応である可能性があり、かつ、患者が代替的医療行為の自己への適応の有無等について強い関心を有していることを医師が知った場合においては説明義務を肯定している。ただし、医療水準として未確立の代替的医療行為について説明義務を肯定することにつき慎重な配慮を示しており、「少なくとも」という例示の形を採っていることからも、このような要件を具備しない場合の説明義務を全面的に否定したものとはいえないことは明らかである。
特に、乳がん手術については患者自身のクオリティオブライフにかかわる点から説明義務の要請が強まるとの説示を付加していることによれば、医療実務の進展等によっては、実施予定の医療行為が患者自身のクオリティオブライフにかかわる場合には患者が代替的医療行為の自己への適応の有無等について強い関心を有していることを医師が知ったか否かにかかわらず説明義務を肯定する余地を本判決が否定したものではないと考えられる。

2 説明の相手

説明の相手が原則として患者本人であること、また、患者に意思能力がない場合、その法定代理人が説明の相手となることは異論がない。
患者本人が意思能力を欠くにもかかわらず、法定代理人が存在しない場合は、実際上、これに代わる近親者を説明の相手とせざるを得ないであろうが、説明の結果、当該近親者の同意を得たからといって、直ちに患者本人の同意を得たとされるわけではなく、実施予定の療法につき、説明が尽くされ、患者本人の有効な同意を得たと評価し得るか否かは、結局当時の具体的状況等から、患者本人の合理的意思を推認して決定するほかない。

3 説明義務の主体

患者の主治医が決められている場合、当該主治医が患者に対する説明を行うことになると思われるが、主治医以外の医師が説明を行うことも少なくないようであり、主治医以外の医師による説明であることから直ちに説明義務違反の問題が生ずるわけでもない。
ただ、いずれにしても、患者に対する説明は、十分な知識、経験を有する医師によりなされるべきであって、医師の説明の補完、補助としてされるのであればともかく、看護師ら医師以外の医療従事者の説明により、これを完全に代替することはできないというべきである。

4 説明義務違反の効果

説明義務違反についての多くの裁判例は、説明義務違反がなければ当該医療行為を同意しなかったであろう高度の蓋然性が必要であるとして、生命健康侵害の結果との因果関係を否定している。このような場合には、自己決定権侵害自体についての慰謝料のみが損害となり、判決による認定額も少額に留まるものが多くなっている。
他方、上記最三判平成13年11月27日は、医療行為そのものであるので、その説明義務違反によって生じた損害については、通常の医療過誤の場合と同様に扱われる。

5 まとめ

社会情勢、患者の権利意識の変化に伴い、専門家である医師の役割は、自ら最善と考える結論を提示し実行することから、想定し得る選択肢の内容とその中で自らが最善と考える結論を分かりやすく説明し患者の自己決定権の行使を容易にするとともに、そのようにして決定された方針を忠実かつ適切に実行することに重点が移りつつあると考えられる。

以  上