1 医療慣行とは

 医療慣行とは、臨床医療の現場において平均的医師によって広く慣行的に行われている方法というと解されている。

2 医療水準と医療慣行

(1)最判平成8年1月23日判時1571号57頁

ア 争点

 麻酔剤ペルカミンS投与時の血圧測定につき、添付文書(能書)に記載されているとおり2分間隔で実施すべきか、当時の一般開業医の常識であった5分間隔でもよいか

イ 判決

 「医療水準は、医師の注意義務の基準となるものであるから、平均的医師が現に行っている医療慣行とは必ずしも一致するものではなく、医師が医療慣行に従った医療行為を行ったからといって、医療水準に従った注意義務を尽くしたとただちにいうことはできない。」
 「医薬品の添付文書(能書)の記載事項は、当該医薬品の危険性(副作用等)につきもっとも高度な情報を有している製造業者または輸入販売業者が、投与を受ける患者の安全を確保するために、これを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載するものであるから、医師が医薬品を使用するにあたって当該文書に記載された使用状の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるものというべきである」
 として、当該医師に対し添付文書の記載に従い2分間隔で血圧測定を実施する注意義務があったと判断した。

(2)その後の下級審裁判例

ア 東京地判平成11年5月31日判タ1009号223頁

ア)病院側の主張
 ページェット病の治療のためにストーマ(人工肛門)を増設する手術におけるストーマ増設位置の決定方法は、本件病院において通常とられている方法であり、違法性はないし、常に術前ストーマサイトマーキングを行う義務はない。

イ)裁判所の判断
 本件手術当時、ストーマを造設するにあたり術前ストーマサイトマーキングを行うことは臨床医学上の常識となっていたものであるから、担当医師が術前ストーマサイトマーキングを行わなかったことに過失がある。

イ 東京高判平成13年9月26日判タ1138号235頁

ア)病院側の主張
 本件発症当時、サイレース投与後、30分ないし40分の間隔で巡回し経過観察を行うという方法は当時の医療水準からみて合理的である。

イ)裁判所の判断
 精神科救急医療の中心的存在に位置づけられる基幹病院である本件病院において、躁うつ病等と診断されて医療保護入院した患者に対し、本来は全身麻酔の導入等に使用されるべきサイレースを、患者の鎮静のためという能書に記載のない用途に、能書に定められた上限をはるかに超える分量投与し、しかもその薬効を増強させるヒルナミンと併用したという極めて特異で危険な診療行為を実施した本件においては、その担当医師にモニタリング等による頻回の経過観察を行うべき注意義務があり、仮に、本件当時、サイレース投与後30分ないし40分の間隔で経過観察を行う方法が医療慣行となっていたとしても、それは平均的事例における平均的医師が現に行っていた医療慣行に過ぎず、これに従っただけでは担当医師は注意義務違反を免れない。

ウ 福岡地判平成15年10月6日判時1853号120頁

ア)病院側の主張
 病院が行った氷のう法も体表面冷却法の1つとして現場で一般的に行われている方法であり、医師の取り扱った熱中症の症例でもすべて氷のう法によっていたし、それで対処できない症例はなかった、医療現場では各医師は過去の経験や周囲の医師から得た情報等で自ら適切とする方法を実施すること、医師は蒸発法を用いた経験がなかったことから、上記方法を選択しなかったことに過失はない。

イ)裁判所の判断
 病院の行うべき医療水準は医師の注意義務の基準となるものであるから、当該医師が現に行ってきた医療慣行とは必ずしも一致するものではなく、医師が医療慣行に従った医療行為を行ったからといって、医療水準に従った注意義務を尽くしたとは直ちにいうことができない。

3 まとめ

 医療慣行は、平均的行為としての合理性および現実の医療現場における合理的な実現可能性に裏付けられたものでもあるという性格を持ち合わせている。それゆえ、医師の注意義務との関係において、医療慣行は、医師の注意義務を設定するに際して重要な影響を与えるものとして位置づけられる。
 もっとも、医療慣行の中にも、医学の進歩に伴う新しい知見の下で合理性を失ったものや、主に医療現場の実情を考慮して慣行となったもの等、合理性を欠くものも存在しうる。
 そこで、医療慣行に従った医師の注意義務(診療水準)の判断に際し問題となるのは、当該医師の行った医療行為が医療慣行に従ったものであるか否かではなく、当該医療慣行が合理性に裏付けられたものであったか否かという点になる。

以  上