医療機関に求められる医療水準は、先進的研究機関を有する大学病院や専門病院、地域の根幹となる総合病院、その他の総合病院、小規模病院、一般開業医の診療所の順で上下します。

 とはいえ、例えば開業医が「開業医に求められる医療水準を超えた治療であった」などと言った場合に責任を逃れられるのでしょうか。この点については、「医療水準論」の回に若干触れましたが、そのような場合、つまり医師が対処しうる知見や技術・設備等をもっていない場合でも、他の医療機関に転医させる義務を負います。

 最判平成9・2・25(顆粒球減少症事件)は、傍論ではありますが、「開業医の役割は、風邪などの比較的軽度の病気の治療に当たるとともに、重大な病気の可能性がある場合には高度な医療を施すことのできる診療機関に転医させることにある」と述べています。

 そして最判平成15・11・11は、実際に開業医に転医義務違反を認めました。今回は、この判例を取り上げます。

 本件は、急性脳症に罹患した患者について、その症状が表れていたにもかかわらず、開業医が適宜に転送をせず、その結果重大な後遺症が残った事案です。

 急性脳症は、中枢神経系に炎症の所見がみられないのに広範な脳機能障害をきたす疾病(脳浮腫を伴うことが多い)で、特に早期診断、早期治療(特に脳浮腫の)が重要な疾患です。その診断の手掛かりは、頑固なおう吐、意識障害、肢位の異常などであり、意識障害は必ず発生するとされています。

事案:患者の容態等に関する部分につき主語(「患者」)省略

昭和63年9月27日ころ
当時小学6年生であった患者に発熱の症状

同月29、30日
医師である被告の開設する個人病院(本件医院)で受診
上気道炎等と診断される

同年10月1日
発熱がやや治まる

同月2日
再び発熱しむかつきを訴え、他の病院を受診するが症状は改善せず、大量のおう吐

翌3日
午前4時30分ころ 本件医院で救急の診察を受ける
午前8時30分ころ 医師は、患者に発熱,脱水所見を認め,急性胃腸炎,脱水症等と診断
~午後1時まで 約4時間にわたり700㏄の点滴による輸液
症状は改善されなかったもののいったん帰宅
その後もおう吐の症状が続く
午後4時ころ 再度本件医院を受診
午前中と同様、2階の処置室で点滴による輸液
その後もおう吐の症状が治まらず、黄色い胃液を吐くなどし、点滴の途中で、点滴の容器が1本目であるのに2本目であると発言したり、点滴を外すように強い口調で求めたりするなどの軽度の意識障害等を疑わせる言動をする これに不安を覚えた母親は、診察を求めたが,1階の診察室で外来患者診察中であった医師は,すぐには診察しなかった
午後4時過ぎ~午後8時30分ころ 点滴による輸液を受けた後、1階の診察室で診察を受ける
その際、いすに座ることもできない状態
午後9時 医師は患者を帰宅させた
その際医師は、おう吐の症状が続くようであれば事態は予断を許さないと考え、入院させる必要があれば、高度の医療機器による精密検査及び入院加療が可能な病院への入院を考えており紹介状を作成
患者は、帰宅後もおう吐の症状が続く等その容態は悪化

同月4日午前9時前ころ
再び本件医院に来院したが意識の混濁した状態であり、呼びかけても反応なし
医師は、緊急入院を必要と考え、精密検査・入院治療が可能な総合病院であるD病院への紹介状を母親に交付
母親の知人の車でD病院に行き、受付でしばらく待たされる

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弁護士 池田実佐子