1 応招義務

 医師法には「診療に従事する医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」(医師法19条1項)とあり、医師の応招義務を規定している。
 これは、「医師でなければ、医業をなしてはなら」(医師法17条)ず、医師は医療行為を独占しているからである。

2 診療拒否の正当事由

(1)公法上の責任

 医師法に応招義務違反についての罰則はないが、昭和30年の厚生省通達では、「医師の不在または病気等により、事実上不可能な場合」と拒否できる正当事由が狭く解されており、場合によっては、医師としての品位を損する行為として行政処分を受けることもある。

(2)民事上の責任

ア 医師法19条1項の趣旨は、①医業独占を認めることの反射的効果②国民の健康権の保護③医師の職業倫理等の点にある。
 近時は②が有力であり、裁判例も同様に解している。

イ このような趣旨に鑑みると、応招義務の規定は生命や健康という私人一般の利益にかかわるものであるから、その違反は不法行為法上も責任を問われうるので、医師は公法上の責任のみならず、応招義務違反による患者の死亡や疾病悪化が、不作為による不法行為(民事上の責任)を成立させる可能性があると解すべきである。

ウ また、裁判例では、医事訴訟の情報偏在性に鑑み、患者保護の観点から、患者側は診療拒否があった事実および損害の発生を立証すれば、医療側に過失があると推定されるとし、診療拒否に民事上の過失の一応の推定機能を認めている。

(3)正当事由の判断

ア 昭和24年の通達では、正当事由として①医師が不在の場合②病気、酩酊により事実上診療できない場合③歯科医師の親族、知人の婚礼、争議がある場合④患者が酩酊状態の場合⑤休日診療などが整備してあり、緊急で無い場合等をあげている。

イ しかし近時は、具体的事案における医療側の事情、患者側の事情、そして医療環境といった諸般の事情を総合して正当事由の存否を判断している。

ウ 具体例(神戸地判平成4年6月30日)
 20歳男性が交通事故で肺挫傷、気管支破裂の重症を負い、死亡する可能性の高い「第三次救急患者」と診断され、消防局管制室が救急救命センターである病院に受け入れを要請したところ、病院は、脳神経外科と整形外科が不在であることを理由に受け入れを拒否した。その後隣市の病院に受け入れられ処置を受けたが、9時間後呼吸不全で死亡した。
 上記事案において裁判所は、救急医療体制の体系的整備、および医療の専門家・細分化という現代的状況の中で、かかる総合判断を行った。具体的には、①第3次救急医療は同一市内における第1次、第2次救急医療機関の存在をもって診療拒否の正当事由とすることはできないこと、そして②患者の受傷と密接な関連を有する外科専門医氏が在院していれば、脳外科および整形外科の専門医の不在は正当事由にならないこと、という判断を示した。
 あくまで、総合判断の一要素であるが、事例的意義は有する。

3 診療拒否による損害

 診療拒否事件では、診療拒否と死亡との因果関係の立証が困難であり、そのために訴訟が提起されることが少なかった。
 しかし、近時では、診療を受けるという法的利益の侵害による精神的苦痛に対して慰謝料が請求され、認容されている。

4 その他の裁判例

 名古屋地判昭和58年8月19日(判時1104号107頁)
 千葉地判昭和61年7月25日(判時1220号118頁)

以上