出生前診断についての裁判例の検討

~京都地裁平成9年1月20日判決(判タ956号239頁)

【事案】

患者は、羊水検査の実施を受診した病院の医師に依頼したが、医師は、その結果の判明が法律上の妊娠中絶期間経過後となることが予想されたので、拒絶した。
また、医師は、39歳であった患者に対し、人工妊娠中絶に間に合う時期に染色体異常児出産の危険性や出生前診断の1つである羊水検査の実施などについて説明をしていない。
その結果、患者は39歳9ヶ月でダウン症候群に罹患する先天性異常児を出産した。

【原告の主張】

① 医師の過失によって、出産準備のため事前情報を得る利益が侵害された
② 高齢出産の患者に対し、人工妊娠中絶に間に合う時期に染色体異常児出産の危険性や出生前診断の1つである羊水検査の実施などについて説明義務があるのにそれに違反し、その結果、先天性異常児出産に関する自己決定権、あるいは、先天性異常児を出産するか否か検討する機会を得る利益を侵害された

として、損害賠償を求めた。

【判決】

①について

羊水検査を実施し、出生前に胎児がダウン症であることが判明しても、人工妊娠中絶が可能な法定の期間を超えていることは明らかで、その時点では、患者らが出産するか否か検討する余地はなく、患者の申し出に応じなかった医師の措置に過失はない。
出産準備のための事前情報として妊婦が胎児に染色体異常がないか否かを知ることが法的に保護されるべき利益として確立しているとはいい難い。

②について

何歳を適応として妊婦に対し積極的に染色体異常児の出生の危険率や羊水検査について説明するかは、医師の裁量の問題であって、病院の羊水検査に対する方針や当該妊婦の臨床経過など個々の状況によって異なる事柄であり、満39歳の妊婦で、妊婦から相談や申し出すらない場合に、一般的に、産婦人科医が積極的に染色体異常児出産の危険率や羊水検査について説明すべき法的義務があるとは認められない。

【検討】

①について

ア 妊婦や胎児に対する診療・治療・健康管理や疾病などを持って出生する可能性がある子供のケアを目的として出生前診断を行う場合
医師は、出生前診断を行うことが医療水準の範囲内と認められる限り、患者との診療契約に基づいて、患者から特にそれを行うことが求められなくとも、医師の側から積極的に行うことが要請されている、つまり、原則、出生前診断を行う義務がある。
もっとも、胎児に対する身体侵襲や胎児に流産の可能性がある羊水検査や絨毛検査などの出生前診断は、(a)胎児に流産などの副作用の可能性がない超音波検査で胎児に異常が窺われたり、(b)両親などに代謝性疾患や遺伝的疾患があったりなどの両親と胎児の臨床症状などから胎児に異常がある可能性が高いなどのような胎児に診療・治療すべき異常がある具体的な危険性があると認められる場合に始めて認められると解するのが相当である。

イ 胎児の染色体異常の有無などその不安の解消ないしその妊娠を継続するかどうか、その情報を親に提供する目的で出生前診断を行う場合
医師は、患者からの自主的なその目的をもった出生前診断の実施が要請されるなど、特に、医師に同目的をもった出生前診断をすべきことが要請されない限り、それをしなかったとしても義務違反とはならず、診療契約に基づく注意義務として出生前診断を要請されているわけではないと解するのが相当である。

②について

医師は、患者に対して診療・治療の一環として羊水検査や絨毛検査などの身体侵襲性がある場合のみならず身体侵襲性の少ない出生前診断をすべき場合、同診断それ自体が診療・治療という側面を有している以上、通常の医療行為と同様、その前提として、医師に診断・治療行為の説明という趣旨で説明義務が生じる。
また、①に記載したような出生前診断をすべき義務がない場合には、出生前診断をすべき義務がない以上、原則それに対する説明義務はない。もっとも,診療契約を結んでいる患者から積極的に胎児の染色体異常の有無などその不安の解消ないしその妊娠を継続するかどうか、その判断をするため、出生前診断についての説明を求められたり、また、実施義務までないものの患者の依頼にしたがってそれを実施しようとする場合には、特段の事情がない限り、同契約に基づいてその説明をすべき義務がある。

以 上