今回は、医師の説明義務の内容について示した東大・脳動静脈奇形(AVM)事件(東京地判H4・8・31)をご紹介します。

 脳動静脈奇形(AVM)は、脳の動脈と静脈が毛細血管を介さずに直接つながり、拡張・蛇行した異常な血管の塊(ナイダス)がみられる先天性の脳血管異常です。放置すれば脳出血やクモ膜下出血などを起こします。

 本件は、AVMの摘出手術(1回目)が実施されましたが、その後AVMの摘出控に大きな血腫ができました。そこで再度手術(2回目)をし、この血腫と(1回目の手術で取り残されていた)AVMを取り除いたところ、AVM摘出により動脈から静脈への短絡が遮断され、また、血腫の除去により一挙に減圧がはかられたことから、著しい脳腫脹を引き起こし、死亡するに至りました。

 判決では、摘出手術の施行については過失が否定されましたが、説明義務違反が認められました。以下では、説明義務違反に関し取り上げます。

本件でなされた説明の内容

患者に対して

 担当医らは、手術の危険性について、生命への危険性はないか、あるいは、ほとんどないに等しいという程度のことしか説明しておらず、手術の危険性と手術をしない場合の危険性を対比して具体的に説明するということもしていませんでした。

家族に対して

 原告である家族は、手術の前日、AVMについての一般的説明や、本件AVMは右前頭葉にあり運動領域からは距離があるので取りやすいこと、手術によって将来の出血が予防でき、癲癇(てんかん)が難治になることを防ぎ、盗血の予防が期待できることの説明をしました。

 しかし、手術を受けない場合の危険性については、手術をしなければ明日出血するかもしれないし、一生しないかもしれないが、30歳を越えると出血の確率は高くなり、出血すれば死ぬ危険性も大きくなるし、後遺症も重くなるなどとの一般的な説明をしただけで、手術をしなかった場合の出血のリスク、生命に対する危険性について資料に基づく具体的な説明はしませんでした。

 また、被告病院では過去5年間に40件中2件の死亡例があったにもかかわらず、手術に伴う生命への危険性について説明がなく、死亡の確率について、飛行機事故並みの確率と述べていました。

裁判所の判断

1.医師の説明義務

 治療行為にあたる医師は、緊急を要し時間的余裕がない等の格別の事情がない限り、患者の現症状とその原因、当該治療行為を採用する理由、治療行為の内容、それによる危険性の程度、それを行った場合の改善の見込み、程度、当該治療行為をしない場合の予後等についてできるだけ具体的に説明すべき義務がある。

2 本件はこれに反しているか

(1)患者に対する説明

 手術の危険性や保存的治療に委ねた場合の予後について十分な説明を尽くさず、その双方の危険性を対比して具体的に説明することもしなかったから、本件手術を受けるかどうかを判断するために十分な情報を与えられなかった。

(2)家族に対する説明

 AVMについての一般的説明、手術をする理由、手術を行った場合の改善の見込みについては一般的な説明をしている。しかし、家族が最も知りたいと思っていた手術の危険性及び手術をしない場合に将来発現が懸念される症状について、単に抽象的に述べたに止どまり、具体的な説明もしていない。また、それらの危険性を対比して説明するということも十分行わなかった。しかも、本件手術は、被告病院の実績でも過去5年間に40件中2件の死亡例があり、安全な手術と断定できるほどのものでもなかった。家族を安心させたいとの配慮があったとしても、手術の危険性について飛行機事故の例を持ち出すなど、危険性がほとんどないに等しいと受け取られかねない表現を用いて説明しており、適切な説明を尽くしたとは認めがたい。

 このように、医師の説明すべき事項を医師らの説明義務違反を認めました。
 もっとも、十分な説明をしていれば患者が手術を承諾しなかったかどうかは必ずしも明らかではないとして、説明義務を尽くさなかったことと死亡との間の因果関係は否定しました。そのため、損害賠償額は、死亡による全損害についてではなく、手術をするか否かの選択の機会を奪われたことによる慰謝料にとどまっています。

 なお、血管内手術により後遺症を負った事例で、説明義務違反と全損害の因果関係を認めた裁判例もあります(新潟地判H6・2・10)。

 説明義務の範囲に関し最高裁(最判昭和56・9・19)は、頭蓋骨陥没骨折の傷害で開頭手術を受けた患者が死亡した事案で、

「手術の内容及びこれに伴う危険性を患者又はその法定代理人に対して説明する義務があるが、そのほかに、患者の現症状とその原因、手術による改善の程度、手術をしない場合の具体的予後内容、危険性について不確定要素がある場合にはその基礎となる症状把握の程度、その要素が発現した場合の対処の準備状況等についてまで説明する義務はない」

 と判断しています。

 これによると、本件よりも説明義務が随分軽減されていますが、本件は緊急性のなかったケースであったのに対し、緊急に手術をしなければならない、つまり詳細に説明をしている時間がない事例でした。

弁護士 池田実佐子