こんにちは。

 今回から医療ブログの記事を書かせていただくことになりました、弁護士の藤田大輔です。よろしくお願いします。
 今回は、医療過誤訴訟における証拠保全について書いてみたいと思います。

(1) 証拠保全とはなにか?

 証拠保全(民訴法234条)とは、訴訟係属前または係属後、ある事実についての証拠をあらかじめ調べておき、事実認定に役立たせるための証拠調べのことをいいます。

 実務上は訴訟係属前に行われる場合が多いです。典型的な場合としては、文書が改ざんされたり隠匿されたり滅失するおそれがある場合や、証人や当事者に長期間にわたる海外渡航の予定がある場合、証人が病気で死亡する可能性がある場合などです。

 証拠保全の対象については、法は特に制限を設けていませんので、すべての種類の証拠方法について認められると考えられます。人証、鑑定、書証、検証が考えられますが(民訴法234条「この章の規定に従い」)、実務上は検証が行われることが多いです。

(2) 医療事件において、どのような証拠を保全しておくのか?

 医療過誤事件において一般的に証拠保全の対象となるのは、診療録(カルテ)、処置録、医師指示簿、手術記録、麻酔記録、看護記録類、温度板、助産録、分娩記録、諸検査写真、検査票、検査結果報告書、組織標本、プレパラート標本、剖検録、紹介状、診療情報提供書、保険診療報酬明細控え、事故報告書、事故調査委員会議事録、事故調査委員会報告書、などです。

 医療過誤事件では、医療機関が患者に対する診療に関して作成した全ての診療記録が証拠保全の対象となります。それゆえに、証拠保全の申立てをする場合、申立書における申立の趣旨としては、保全したいと考える証拠をできるだけ特定するとともに、「その他、同人の診療に関して作成された一切の文書および物」という包括的な文言を記載しておく必要があります。

(3) 電子カルテの証拠保全について

 電子カルテとは、診療録等に記録された診療情報を電子化し、保存された診療録のことをいいます。証拠調べの対象物は、電子カルテとして記録された電磁的記録自体です。

 電子カルテは更新すればその都度、更新した旨の記録が残ることが一般的であり(真正性)、紙媒体の診療録と比較した場合、痕跡を残さずに改ざんをすることは困難であるといわれます。しかし、更新履歴の変更に関する権限と一定の知識を有していれば更新履歴を改ざんすることも可能ですから、電子カルテであることの一事をもって改ざんのおそれが否定されることはないと考えられます。

 証拠保全に臨むにあたっては、更新履歴も証拠保全の対象としたい場合、印刷方法が更新履歴以外の診療録などと異なる場合がありますので、更新履歴も検証対象となることを申立段階で明らかにしておいたほうが、現場における無用の混乱を避けるうえで有効であるといえます。

 電子カルテの検証方法としては、紙媒体に印刷して検証する方法と、ディスプレイ上に表示してカメラ等で撮影する方法があります(見読性、保存性)が、紙媒体への印刷のほうが望ましいといえます。なぜなら、印刷したほうが時間も節約できますし、網羅的に検証できるというメリットがあるからです。しかし、ディスプレイ上の表示と紙媒体に印刷された情報にずれが生じているおそれがあるなどの場合には、ずれが生じているおそれのある部分をカメラ等で撮影しておくことが望ましいといえます。

 いずれにせよ、電子カルテを効率的に検証するためには、電子カルテシステムをスムーズに操作できることが前提となりますので、電子カルテの検証現場へは、医療機関の責任者のみでなく、電子カルテシステムの管理者など電子カルテの扱いに精通した者をも立会人とすべきであるといえます。

(4) 証拠保全機能と証拠開示機能

 証拠保全は、本来の機能としては、将来的に証拠方法の取調べができなくなることが予想される場合に、あらかじめ証拠調べを完了しておくという機能を果たします。

 しかし、証拠の偏在が特に顕著である医療過誤訴訟における訴訟係属前の証拠保全については、証拠開示機能が注目されます。たとえば、医療過誤により患者側が病院に対して損害賠償請求を求めて訴訟を提起するにあたり、診療録等の改ざん、隠避、滅失のおそれがある場合、病院側が管理している診療録などの検証等をしておき、そこで得た情報を前提としたうえで訴訟を提起するか否かを決定する場合などを考えるとわかりやすいでしょう。

(5) 証拠開示機能を積極的に考えるべきか消極的に考えるべきか?

 この問題は、証拠保全の要件となる「あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情(民訴法234条)」や「証拠保全の事由(民訴法規則153条2項4号)」の解釈論に影響を与える問題です。この点については、証拠開示機能を積極に解釈する積極説と消極に解釈する消極説の2つの見解が対立しています。

 積極説の論拠としては、真実発見やそれに伴う和解機運の契機となりうることや根拠なき訴訟提起の防止などが指摘されます。消極説の根拠としては、証拠あさりや嫌がらせ目的等、証拠保全の濫用的申立ての防止などが指摘されます。この問題点をめぐって頻繁に問題となるケースに、診療録などの文書改ざんのおそれがあるとして証拠保全を求めるケースがあります。

 文書の改ざんのおそれがある場合に証拠保全が認められることは問題ありませんが、一般的・抽象的な改ざんのおそれで足りるのか、具体的な改ざんのおそれまで必要なのかが争点となります。

 この問題につき、裁判所はどのように考えているのでしょうか?
 裁判例として、広島地裁昭和61年11月21日決定;判タ633号221頁を見てみましょう。

 同判決は、

「事由の疎明は当該事案に即して具体的に主張され、かつ疎明されることを要すると解するのが相当であり、右の理は診療録等の改ざんのおそれを証拠保全の事由とする場合でも同様である。これを敷衍するに、人は自己に不利な記載を含む重要証拠を自ら有する場合に、これを任意にそのまま提出することを欲しないのが通常であるからといった抽象的な改ざんのおそれでは足りず、当該医師に改ざんの前歴があるとか、当該医師が、患者側から診療上の問題点について説明を求められたにもかかわらず相当な理由なくこれを拒絶したとか、或いは前後矛盾ないし虚偽の説明をしたとか、その他ことさらに不誠実又責任回避的な態度に終始したこと等、具体的な改ざんのおそれを一応推認させるに足る事実を疎明することを要するものというべきである」

と判示しました。

 現実の実務においては上記裁判例を基準として弾力的な運用がなされています。

 私見としては、医療を受けた患者が法的な手段を行使してまで医療機関の責任を追及する場合にはこの裁判例が具体的要件として示すような事情がある場合が多いであろうと考えられるので証拠保全が不当に制約される場面は少ないであろうこと、仮に証拠保全が行われたとしても医療機関側が負う不利益は、改ざんが行われた場合に患者側が被る不利益と比べると小さいと考えられることから、妥当な基準ではないかと思います。

(6) 医療事件における証拠保全申立書を作成する場合、特に気をつけるべき点はなにか?

 現在の実務においては、適切な申立書を作成したうえで疎明資料を収集すれば、特段の事情がない限り証拠保全決定がなされる運用がなされています。

 しかしながら、証明すべき事実(民訴規則153条2項2号)をあまりに詳細に特定してしまった場合、証拠保全の対象となる診療録等の範囲が、当初予定していた範囲から思いがけず狭くなってしまうおそれがあります。そして、一度相手方に証拠保全決定が送達されてしまうと、やり直しはききません(仮にやり直しても密行性が欠けてしまいます)。そこで、証明すべき事実はある程度概括的に記載し、保全の対象となる証拠の範囲を限定しすぎてしまわないよう注意が必要です。

弁護士 藤田 大輔