昨年11月15日、多くの被害をもたらした抗がん剤イレッサに関し、控訴審の判断が下されました。

 イレッサは、英国アストラゼネカ社が開発した抗悪性腫瘍薬(抗がん剤)で、非小細胞肺がんなどのがん細胞に多く発現し、その増殖に関与している酵素を阻害する薬です。

 平成14年7月5日、世界に先駆けて日本で承認され、同月16日から国内で販売開始されました。ところが、販売開始後イレッサの服用による急性肺障害・間質性肺炎の症例が多数報告され、平成21年末までに合計2121例(うち死亡例805例)に達しました。

 本件は、イレッサを投与されてその後死亡した患者3名の遺族らが、患者らはイレッサの副作用により間質性肺炎を発症し又は増悪させて死亡したとして、その輸入承認をした国に対して国賠法1条1項に基づき、輸入販売した会社に対して製造物責任法3条又は不法行為に基づき、損害賠償を求めた事案です。

 第1審では、国及び会社の責任が認められましたが、控訴審では患者側が逆転敗訴しています。大きく判断を分けたのは、添付文書の記載が十分であったか否かという点です。

第1審:東京地判平成23年3月23日

国について

1 承認の違法性

 イレッサは、「手術不能又は再発非小細胞肺がん」について効能、効果を有すると認められ、その効能、効果に比して、著しく有害な作用を有することにより医薬品として使用価値がないとは認められない。よって、承認自体は違法でない。

2 承認時における権限不行使の違法性

本件添付文書第1版は,

  • その冒頭に致死的な副作用等が記載されるべき「警告」欄がなく、
  • 「使用上の注意」欄の「1.慎重投与」欄には肝機能のことのみが記載され、
  • 「2.重要な基本的注意」欄には肝機能,下痢,皮膚の副作用,無酸症,無気力症,QT間隔延長のことのみが記載され、
  • 「4.副作用」欄の柱書部分にも,発疹,下痢,皮膚乾燥等のみが記載され、
    いずれにおいても間質性肺炎に触れられていなかった上、
  • 「4.副作用」欄の「(1)重大な副作用」欄においても、4番目(最後)に「4)間質性肺炎(頻度不明):間質性肺炎があらわれることがあるので,観察を十分に行い,異常が認められた場合には,投与を中止し,適切な処置を行うこと。」と記載され,「頻度不明」の注として「第Ⅱ相国際共同臨床試験及び米国第Ⅱ相臨床試験(いずれも本剤250mg/投与群)以外でのみ認められた副作用は頻度不明とした。」と記載されていた。

 これらの記載ぶりによっては,イレッサを使用する医師等が,イレッサの副作用である間質性肺炎が致死的となり得る重篤なものとして発症する可能性があるという危険性を読み取ることは必ずしも容易ではなかった。

 厚生労働大臣は、医薬品の輸入を承認するに当たり、原則として、その添付文書に当該医薬品の副作用等その安全性を確保するために必要な使用上の注意事項の記載がされているか否かを審査し安全性確保のために必要な記載が欠けていれば、これを記載するよう行政指導をする権限を行使すべき責務があり、・・・本件の記載では、イレッサを使用する医師等に対する間質性肺炎の副作用に係る安全性確保のための情報提供として不十分なものであったから、記載を改めるように指導すべくその権限を行使すべきであった。本件において他に安全性確保のために十分な措置が講じられたなどの特段の事情も認められないから、イレッサの投与を受ける患者との関係において,国賠法の適用上の違法がある。

被告会社について

1 製造物責任

  • (上記と同様)イレッサは使用価値がないものとは認められず,設計上の欠陥があるものとはいえない。
  • 設計上の欠陥を有するとは認められない場合にも,個別の患者がその副作用による被害を受けることを防止するため、なお適切な指示・警告を必要とし、これを欠く場合には,指示・警告上の欠陥を有する。本件添付文書の記載には(上記と同様)欠陥が有る。
  • その他広告宣伝上の欠陥や販売上の指示に関する欠陥については認められない。

2 不法行為責任

 指示・警告義務違反について、イレッサには指示・警告上の欠陥があり、被告会社は製造物責任を負うから判断する必要がない等として、否定。

因果関係

 患者2名については、添付文書に副作用である間質性肺炎が致死的となる可能性が記載されていなかったことと死亡との因果関係を認めた。あとの1名については、服用開始時に添付文書(第3版)が十分な内容に改定されていたことから、添付文書の記載と死亡との因果関係が否定(イレッサによる間質性肺炎の発症も否定)された。

控訴審:東京高判平成23年11月15日

被告会社

 間質性肺炎が多数の医薬品により発症する副作用であることは,医師にとっては常識的な知見であり、かつ、その予後は、薬剤によって良好な場合もあれば不良な場合もあることが知られていた。しかも、特に抗がん剤による間質性肺炎については,比較的予後が不良になりやすいということも知られていた。これらは、イレッサ承認当時の一般の医学文献にも記載されていたことである。

 また、間質性肺炎は、平成4年の厚生省薬務局安全課長通知「医薬品等の副作用の重篤分類基準について」に掲げる分類基準において、軽微な副作用である「グレード1」や重篤な副作用でないが軽微ではない「グレード2」に属さず、重篤な副作用と考えられる「グレード3」、すなわち「死亡又は日常生活に支障を来す程度の永続的な機能不全に陥る恐れのないもの」に区分されているのであって、医師であればイレッサの副作用としての間質性肺炎について、死亡に陥るおそれがあると認識できたといえる。

 したがって,本件添付文書第1版について指示・警告上の欠陥はなかった。

国について

 被告会社に欠陥のある製造物であるイレッサを輸入・販売した製造物責任又は不法行為責任が認められない以上、被告国の輸入承認及びその後の規制権限不行使が違法であるかどうかについて論じるまでもなく、責任を負わない。
 控訴審を前提とすると、会社や国の責任が軽減される一方、医薬品の副作用に対する安全性の確保は、大幅に医師に委ねられることになるともいえます。
 現在、大阪高裁でもイレッサに関する訴訟が継続しており、どのような判断が下されるのか注目されるところです。

弁護士 池田実佐子