【移送申立却下決定:東京地方裁判所平成30年3月26日決定】 原告が、義務履行地を管轄する東京地裁本庁へ医療訴訟を提起したところ、被告が、被告普通裁判籍所在地と不法行為地(病院所在地)の最寄りの合議体ある裁判所(長野地裁上田支部)への移送を申し立てたが、これが却下された一例

1 はじめに

 他の訴訟と同様、医療訴訟でも、どこの裁判所において審理するかをめぐって争いになることがあります。
 本稿では、当職が患者側代理人として経験した実例【東京地方裁判所平成30年3月26日決定:原告が、義務履行地を管轄する東京地裁本庁へ医療訴訟を提起したところ、被告が、被告普通裁判籍所在地と不法行為地(病院所在地)の最寄りの合議体ある裁判所(長野地裁上田支部)への移送(民事訴訟法17条)を申し立てたが、これが却下された一例】を紹介します。

2 東京地方裁判所平成30年3月26日決定


主   文

本件申立てを却下する。

理   由

第1 申立ての趣旨

 基本事件を長野地方裁判所上田支部に移送する。

第2 事案の概要等

1 事案の概要

 基本事件は、故Vの相続人である相手方らが、故Vが心窩部痛等の症状を訴えて救急搬送された申立人Y1(法人)の開設するY3病院(以下「本件病院」という。)において、申立人Y2(自然人たる医師)による診察(以下、申立人Y2によるこの診療を指して、「本件診察」という。)を受けたが、申立人Y2には、故Vの症状に照らして、心筋梗塞を含む心疾患を疑った上で、速やかに12誘導心電図検査を実施すべき義務があったにもかかわらず、これを怠った過失があり、その結果、故Vは当時発症していた心筋梗塞を原因として死亡するに至ったと主張して、申立人Y2に対して不法行為に基づく損害賠償として、申立人Y1に対して使用者責任又は診療契約の債務不履行に基づく損害賠償として、損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。

 申立人らは、訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者間の衡平を図るためには、基本事件を長野地方裁判所上田支部(以下「長野地裁上田支部」という。)に移送する必要があるとして、民訴法17条に基づき基本事件を同裁判所に移送することを求めて、本件申立てをした。

2 申立ての理由

(1)

 本件診察が行われた本件病院は長野県○○○○に所在するところ、その診療に関与した申立人Y2その他の医療関係者の就業先及び住所地も本件病院の周辺に所在する。また、故Vを本件病院に搬送したのは本件病院周辺にある○○消防本部所属の救急隊員であったほか、故Vが本件病院から搬送され死亡するに至った○○病院は長野県○○○○に所在する。さらに、本件診察当時、故Vと同居していた相手方X1の住所地も長野県○○○○にある。このように、基本事件の審理に必要となることが予想される多くの証拠方法が、本件病院又はその周辺に所在することからすれば、訴訟の著しい遅滞を避けるためには、基本事件を長野地裁上田支部で審理する必要がある。

(2)

 基本事件において、相手方らは、本件病院を開設する申立人Y1に対してだけではなく、本件診察をした申立人Y2個人に対しても、多額の損害賠償の支払を求めている。そのため、申立人Y2には、既に申立人らが訴訟代理人を選任しているか否かにかかわらず、訴訟の当事者として、基本事件の審理のために各期日に出頭する機会の保障を受けるべき地位にある。しかし、申立人Y2は、本件病院の常勤医として患者の診療を行っているほか、月に複数回の当直業務をこなすなど、地域医療を支える重要な立場にあり、東京地方裁判所(以下「東京地裁」という。)に出頭する時間を確保することは困難である。したがって、被告とされた申立人Y2の出頭の機会を保障して、当事者間の衡平を図るためにも、基本事件を長野地裁上田支部で審理する必要がある。

3 相手方らの意見

 基本事件の審理において、申立人Y2らの尋問が必要となるのはせいぜい1期日にすぎず、その余の期日の大半は訴訟代理人が出頭することで手続が進められることが予想される。したがって、移送の要否を検討する上で重視すべきなのは、全期日への出頭が見込まれる両当事者の訴訟代理人の所在地というべきであるが、申立人ら及び相手方らの訴訟代理人の事務所はいずれも東京都新宿区内にある。そのため、仮に基本事件を長野地裁上田支部で審理することになれば、両訴訟代理人が同裁判所に出頭する必要が生じるため、時間的、経済的にかなりの負担を要することとなる。また、東京地裁には医療集中部が設置されている上、鑑定人の候補者も比較的豊富であり、迅速な審理が期待できることも考慮すべきである。これらの事情からすれば、訴訟の著しい遅滞を避ける観点及び当事者間の衡平を図る観点のいずれにおいても基本事件を長野地裁上田支部に移送する必要性は認められない。

第3 当裁判所の判断

 一件記録によれば、長野地裁上田支部が基本事件被告である申立人らの普通裁判籍の所在地及び不法行為地(本件病院の所在地である長野県○○○○)を管轄する裁判所であること、東京地裁が申立人らの相手方X2に対する損害賠償債務の義務履行地を管轄する裁判所であることが認められるから、長野地裁上田支部及び東京地裁のいずれにも基本事件の管轄があることが認められる。

 そこで、訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者間の衡平を図るために、基本事件を長野地裁上田支部に移送する必要があると認められるかを検討する。

(1)

 一件記録によれば、申立人ら及び相手方らは、いずれも東京都新宿区内に事務所を置く訴訟代理人を選任していることが認められる。そうすると、基本事件を長野地裁上田支部で審理することになれば、申立人ら訴訟代理人及び相手方ら訴訟代理人の双方又は一方が、全ての口頭弁論期日及び弁論準備手続期日に際し、同裁判所に出頭する必要が生じるから、基本事件を東京地裁で審理する方が便宜である。
 また、基本事件は高度な専門的知見が必要とされる医療事件であるところ、基本事件を東京地裁医療集中部で審理すれば、集積された専門的知見を利用することができるほか、鑑定や専門委員の関与が必要となった場合、本件病院及びその関係者と利害関係を有しない専門委員、鑑定人候補者を得やすいという点でも便宜であるということができる。

(2)

 これに対し、基本事件の概要は前記第2の1のとおりであって、基本事件の審理においては、申立人Y2の過失の有無、同過失と故Vの死亡との因果関係等が主要な争点となること、そのために申立人Y2及び本件診察当時に故Vに付き添っていた相手方X1の本人尋問の実施が必要になることが予想され、一件記録によれば、同人らの住所地は、長野地裁上田支部の管轄区域内に所在する(なお、現時点において、申立人Y2以外の医療従事者や故Vを本件病院に搬送した救急隊員らの尋問が必要であるとまでは認められない。)。
 そうすると、人証調べに関しては、基本事件を長野地裁上田支部で審理する方が便宜であるといえる。しかし、基本事件の審理においては、争点整理手続を経た上で集中証拠調べを実施することが可能であるから、上記(1)の事情を考慮すると、上記の人証調べの実施を含め、基本事件を東京地裁で審理する場合に、長野地裁上田支部で審理する場合と比べて、訴訟の著しい遅滞が生じるとまではいえない。

(3)

 申立人らは、申立人Y2が当事者として各期日に出頭する機会を十分に確保すべきであると主張するが、申立人Y2は、訴訟代理人を通じて訴訟を追行することができることに照らすと、この点を理由に、基本事件の審理を東京地裁で行うことにより、訴訟の著しい遅滞が生じるとも、当事者間の衡平を害するともいえない。

 以上によれば、訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者間の衡平を図るために、基本事件を長野地裁上田支部に移送する必要があるとはいえない。

第4 結論

 よって、本件申立ては理由がないから、これを却下することとして、主文のとおり決定する。


以上