1 はじめに

 診療中に発生した医療事故(医療者側が有責か無責かを問いません。)に関して、診療録や看護記録等とは別に、インシデントレポート、アクシデントレポート、医療事故調査報告書などが作成されることがあります。
 医療事故が起きた後、患者側の申立てによって証拠保全が執行されることがありますが、その執行時にこれらの文書を提示するか否かをめぐって争いが生じることがあります。
 本稿では、当職が経験した実例(証拠保全執行中に見つかったアクシデントレポートの一部について文書提示命令が発令された一例)を紹介します。

2 医療事故

 平成27年10月某日、某大学病院において、気管支結核既往のある30代女性患者が、気管支鏡的気道ステント置換術を受けた。同術中、術者が手術器具により気管壁及び奇静脈を損傷したことにより、大量に出血し、血液誤嚥及び血気胸を来し、これらによる低酸素脳症を原因として、同術後6日目に死亡した。

3 証拠保全執行

 この医療事故について、患者遺族の申立により、平成29年2月某日、同院の開設者たる学校法人を相手方とし、同院を検証実施場所とする証拠保全が執行された。
 証拠保全執行中、アクシデントレポートが見つかったが、相手方が任意の提示を拒んだため、申立人代理人が同文書について提示命令を申し立てるとともにインカメラ手続を実施されたい旨上申したところ、裁判官は、民事訴訟法232条の準用する同法223条6項に基づき相手方に同文書の提示を命じたうえ、インカメラ手続によって同法220条4号イ乃至ニに該当するかを判断するため同文書を裁判所へ持ち帰った。

4 文書提示命令

(1)後日、裁判所より、文書提示命令を発令するか否かを判断するにあたり申立人及び相手方の双方から意見を述べられたいとの求めがあり、双方が意見を上申し、以下の決定がなされた。

(2)東京地方裁判所平成29年5月19日決定

主   文

1 相手方は、別紙物件目録記載の書類を証拠調べ期日に提示せよ。

2 申立人のその余の申立てを却下する。

理   由

第1 申立ての趣旨及び理由

1 申立ての趣旨
 相手方は、亡V(昭和○年○月○日生、平成27年10月○日歿)に対する診療(期間:平成27年○月○日乃至平成27年10月○日)に関して作成されたアクシデントレポートを証拠調べ期日に提示せよ。

2 申立ての理由
 申立ての理由は、別紙「証拠保全申立書」及び別紙「意見書」記載のとおりである。

第2 事案の概要

1 本件は、相手方開設に係るY大学附属病院(以下「相手方病院」という。)において、平成27年10月○日に手術を受けて死亡した申立外Vの配偶者である申立人が、相手方に対して不法行為又は診療契約の債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟を提起するにあたり、注意義務違反に関する証拠の改ざん等を防ぐため、相手方保管に係るアクシデントレポートについて、証拠保全として、検証物提示命令及び検証を申し立てる事案である。
 申立人は、平成29年1月○日、別紙証拠保全申立書中の検証物目録記載の物件について検証物提示命令及び検証の申立てをした。当裁判所は、同年2月○日、検証物提示命令を留保した上で証拠保全の決定を行い、同年2月○日に相手方病院において、検証手続を行ったところ、相手方は、同目録14のアクシデントレポートについて該当文書として別紙物件目録記載1及び2の標目の文書(以下「本件文書」という。)が存在するが、提示義務がない旨主張して提示しなかった。
 当裁判所は、民事訴訟法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に該当するかどうかを判断するため、民事訴訟法232条の準用する223条6項に基づき、相手方に上記各文書の提示を命じ、その提示を受けてインカメラ手続を行った。申立人は、本件文書以外の物件については提示がされたことから検証物提示命令を取り下げた。

2 相手方の主張
 本件文書は、民事訴訟法220条4号ニの「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に該当するから、相手方はその提示義務を負わない。
 本件文書は、アクシデントレポートとして医療事故について同種又は類似事例の発生防止、医療体制の向上などを検討する、いわゆる医療安全目的で用いられる文書であり、それ自体を外部の者に開示することを予定していない。
 本件文書が開示された場合には、医療事故の報告自体が躊躇される事態になるため、医療安全の目的での資料収集が困難になるおそれがあり、相手方における医療安全管理に関する資料の収集等に著しい支障が生じるおそれがあるのみならず、ひいては、他の医療機関や多くの患者にとって重大な悪影響が生ずるものである。
 したがって、相手方は、本件文書の提示義務を負わない。

3 申立人の主張
 本件文書のうち、報告提言部分(客観的な事実経過を前提とし、医療事故調査委員会の議論を経て、同委員会としての最終的な報告、提言を記載したものであり、事故発生の原因、家族への対応、社会的問題発生の原因、今後への提言につき詳細な事実経過とこれに対する評価を客観的に記載したもの)及び事情聴取部分(但し、事実を報告し又は意見を陳述する者の氏名、所属施設、所属診療科及び職名の記載を除く部分)は、民事訴訟法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に該当せず、検証物提示命令の対象となる。
 報告提言部分は、事後の検査・閲覧のために第三者への提出が予定されている文書と解すべきであるし、事情聴取部分は、医療事故に係る情報は患者遺族に対して正確かつ詳細に提供されるべきものであり、医療事故は社会性の高い事象であって、本来的に秘匿が許されるものではないため、医療事故の調査報告の過程は、医療機関の純然たる内部事項に係る意思形成の過程とはいえない。そのため、自由な意思決定が阻害されるという理由で提出又は提示義務を負わないということはできない。
 したがって、相手方は本件文書の提示義務を負う。

第3 当裁判所の判断

1 検証の目的物を所持する者は、一般的には目的物を裁判所に提示する義務を負うが、正当な理由があるときはその義務を免れることができる(民事訴訟法232条2項参照)。そして、本件検証物が文書であることからすると、相手方が検証物について民事訴訟法220条が定める文書提出義務を負わない場合には正当な理由があると解するのが相当である。
 そして、ある文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には、特段の事情のない限り、当該文書は、民事訴訟法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解するのが相当である(最高裁平成11年11月12日第二小法廷決定・民集53巻8号1787頁参照)。

2 相手方提出の疎明資料「インシデント、アクシデント・不具合事象(合併症)報告運用規則」及びインカメラ手続により提示された本件文書を検討したところ、本件文書は、同規則に基づいて作成された報告書で、相手方病院で手術を受けた亡Vについて発生した事故(以下「本件事故」という。)に関する事実経過等が記載されたものである。

3 そして、上記疎明資料によると、アクシデントレポートの作成目的が、医療事故につながる潜在的事故要因を把握し、これに基づいて医療事故の発生を防止するとともに、発生した医療事故に対する適切な対応を図る点にあること、保管場所が病院内と考えられる医療安全管理室であること及びアクシデントレポートが事象発生後24時間以内に医療安全管理室に提出されることとされていること等からすると、アクシデントレポートは、専ら病院内部での利用が想定されているものといえる。そうであるとすると、本件文書は、内部の者の利用に供する目的で作成されて、外部の者に開示することは予定されていない文書に該当する。

4 そこで、さらに、開示されると個人のプライバシーが侵害されたり団体などの自由な意思形成が阻害されるなど、開示によって所持者の側に看過しがたい不利益が生ずるおそれがあるか否かについて検討する。

(1)本件文書には、病院関係者の印影が複数存在するところ、印影は個人のプライバシーに関するものであり、印影を見た第三者が不正に利用する可能性があるなど、開示することによって所持者の側に看過しがたい不利益が生ずるおそれがあると認められる。

(2)本件文書の「報告部署」欄、「職種」欄、「経験年数」欄、「配属年数」欄、「報告者名」欄に記載の事項は、報告者を特定することのできる個人情報であり、これが明らかになるとすると、今後医療事故が発生した場合に事故の関係者が報告することが心理的に困難になるおそれがあり、また、報告することに対して萎縮効果が生じるおそれがあることは否定できない。そうであるとすると、報告者の特定に関する上記記載については、これを開示することで相手方に看過しがたい不利益が生じるおそれがあると認められる。

(3)本件文書の「発生要因」欄、「改善策」欄及び「レベル評価」欄に記載の事項は、その内容が本件の事故の発生した理由などが記載されており、本件文書に記載されている報告日が、本件事故の発生日に近接した日であることを考えると、本件文書は、本件事故直後の事故に関する暫定的な病院の意見や本件事故の評価を記載したものであると考えられる。そうであるとすると、本件文書の上記部分が開示されることによって、病院が率直に事件の評価をすることや原因分析をすることが困難になると考えられ、自由な意思形成が阻害されるなど開示によって所持者の側に看過しがたい不利益が生ずるおそれがあると認められる。

(4)本件文書の上記(1)ないし(3)に記載されている部分以外の部分は、発生日時、発生場所、当事者、本件事故の内容や経過、本件事故についての当事者への説明など、本件事故の客観的な事実経過が記載されているにとどまり、意見や評価などは記載されていない。そうであるとすると、上記事実を明らかにしたとしても、報告者による適切な報告が妨げられるとはいえず、上記記載が開示されたとしても、相手方の自由な意思形成が阻害されることは考え難く、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあるとは認められない。
 なお、相手方は、「団体の自由な意思形成が阻害」されるか否かは、その文書の性質・目的から一般的・抽象的に評価検討されるものであり、アクシデントレポートは、その内容を検討するまでもなく当然に民事訴訟法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に該当するため、提示義務を負わないと主張する。しかしながら、アクシデントレポートと一言でいっても、その形式及び内容には様々なものがあり、前掲最決において記載内容も民事訴訟法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」の判断のために考慮するべき要素に含まれているため、単にアクシデントレポートという表題を有しているとしても、当然に民事訴訟法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に該当するとは認められず、相手方の主張は採用できない。

5 結論
 以上によれば、本申立ては、本件文書のうち別紙物件目録記載の部分について検証物提示命令を求める部分は理由があるから、これを認容することとするが、その余の部分については理由がないから、これを却下することとして、主文のとおり決定する。

(別紙)

物件目録

1 相手方の保管する、報告日を2015年10月○日とする「アクシデントレポート・不具合(合併症)事象報告書」のうち、下記の項目を除く部分
(1)「報告部署」、「職種」、「経験年数」、「配属年数」及び「報告者名」の各欄に記載の事項
(2)「発生要因」、「改善策」及び「レベル評価」の各欄に記載の事項

2 相手方の保管する、報告日を2015年11月○日とする「アクシデントレポート・不具合(合併症)事象報告書」のうち、下記の項目を除く部分
(1)「報告部署」、「職種」、「経験年数」、「配属年数」及び「報告者名」の各欄に記載の事項
(2)「発生要因」、「改善策」及び「レベル評価」の各欄に記載の事項

5 その後

 本決定に対して申立人及び相手方の双方が即時抗告をした(抗告審係属中)。

以上