1 期待権侵害とは

(1) 医療過誤を原因として医療機関等に損害賠償請求を行う場合、過失(医療過誤)と結果(死亡や後遺障害の残存)との間の因果関係の有無がまず問題となります。
 因果関係が認められるためには、過失と結果との間の因果関係が「高度の蓋然性」をもって証明されることが必要となります(最判昭和50年10月24日判決民集29巻9号)。

 ※因果関係の詳細は、本記事のテーマではないので、詳細な説明は省略します。下記の記事をご参照ください。
 因果関係論①~因果関係とは何か~
 因果関係論②~東大ルンバール事件~
 因果関係論③~肝がん見落とし事件~

(2) 過失と結果との間の因果関係が認められない場合でも、過失がなければ死亡又は重大な後遺症が残さなかった相当程度の可能性があることが立証できれば、慰謝料の支払いが認められることがあります(最判平成12年9月22日判決民集54巻7号2574頁、最判平成15年11月11日判決民集57巻10号1466頁)。
 これは、患者が生命・健康を維持できた可能性を保護法益として認めることで、損害賠償が認められる範囲を拡大するものです。

 ※「相当程度の可能性」理論の詳細は、本記事のテーマではないので、詳細な説明は省略します。下記の記事をご参照ください。
 因果関係論④~相当程度の可能性~
 医療訴訟の因果関係-「相当程度の可能性」理論

  

(3) 因果関係も相当程度の可能性も認められない場合に問題となるのが、「期待権侵害」です。
 適切な時期に適切な医療行為をしていたとしても、患者が亡くなったか、重大な後遺症が残ったと考えられるような場合であっても、「適切な治療を受けることができなかったこと」そのものを根拠として、適切な治療を受けることの期待権が侵害されたとして、損害賠償が認められるか否かが期待権侵害の問題です。

2 期待権侵害に関連する裁判例

(1) 期待権侵害の有無に関して判断した裁判例として、最判平成23年2月25日判決・判タ1344号110頁があげられます。
 同判決は、下肢の骨接合術の術後の合併症として下肢深部静脈血栓症を発症しその後遺症が残ったと患者に関し、執刀医たる整形外科医が、患者の訴えた足の腫れ等の症状の原因が同血栓症にあることを疑わず、専門医に紹介することもしなかったという事案で、因果関係も相当程度の蓋然性も認められない場合に、期待権侵害を認めるべきか否かについて判断したものです。
 同判決で、最高裁は、

『患者が適切な医療行為を受けることができなかった場合に、医師が、患者に対して、適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とする不法行為責任を負うことがあるか否かは、当該医療行為が著しく不適切なものである事案について検討し得るにとどまる』

とし、期待権侵害を理由とする損害賠償を認めませんでした。
 そもそも、医療行為は、患者の状態改善を目的として行われることから、医療過誤と結果との間に因果関係も相当程度の蓋然性も認められない場合に、なお医療機関等の損害賠償責任を認めることは、限られたリソースの中で医療を行っている医療機関等に過剰な責任を課することになるため、相当とはいえません。そのため、『ある程度の不適切不十分は、社会生活上許容の範囲内として認めるべき』(最判平成15年11月11日判決民集57巻10号1466頁・島田裁判官補足意見)といえます。もっとも、医療行為があまりに不適切な場合には、いかに患者の状態改善が見込めない場合でも、損害賠償責任を認めるべきといえます。
 上記最高裁判決は、このような判断を示したもので、バランスが取れた判断と評価できます。