第1 設題・術中手技の過誤事例(再掲)

 患者Aが、B医師の執刀下で手術Xを受けたところ、術前に思いもよらなかった傷害を受けた場合、AさんはB医師に対して、あるいはB医師を使用するC病院に対して、損害賠償を請求できるでしょうか。

 今回は、B医師の手術手技が著しく稚拙であったために、術中にAさんの身体のうち本来傷付けるべきでないところに傷が付いたという場合を考えます。

第2 訴訟準備

1.まずは面談

 訴訟準備をするにあたって一番重要なのは、ご依頼者様の意思です。本件でいうなら、Aさん(又はAさんが死亡していた場合にはAさんのご遺族)に、訴訟をご案内します。
 訴訟が第一審だけで2~3年程度かかることも珍しくなく、その間に出ていく費用としてこれだけのものがあるということ、得られる利益の最大値、勝訴の見込みがどの程度あるのか等を率直にお話します。
 予想される困難や主張の弱点のような訴訟の帰趨に関する事柄のほか、今後訴訟のために求めたい資料、家族の協力は得られているのか、何時頃誰にどういう方法で連絡を取るのがいいかといったことも確認します。
 今回の件でAさんは、家族のサポートもあり、訴訟を決意したものとします。

2.訴状の起案

 当職の私見ですが、訴訟において一番力が必要なのは訴状です。
 スタートラインの設定が間違っていては今後の訴訟追行に大きな影響を与えることになりますし、医療訴訟だということで、主に文系出身の裁判官に「いやだな、これはわかりにくいな。」と引かれてはいけません。

 裁判所は色々です。一生懸命理解して善解しようとしてくれる場合もあれば、わかりにくいということで「無理な訴訟をしに来たな」という印象を持たれる場合もあります。そもそも裁判所が忙しいということも踏まえれば、できる限り噛み砕いて、できる限りこちらに寄って理解してもらいたいところです。

 もちろん嘘はつけませんし、相手方から認否と反論があるので、内容はきちんと立証できるものをそろえる必要があります。適宜、絵・写真・図・グラフや脚注を使い、時には用語表を作成して、問題となる医療行為について具体的なイメージを持ってもらえるように工夫します。

 設例の場合であれば、術中動画がある場合、たとえば術中動画のキャプチャを訴状に引用し、矢印や吹出しをつけるなどして、本来こうあるべきものがこうなったということを、文字と写真で同時に説明することなどが考えられるでしょう。画面には血管・内臓・手術器具・指が現れますから、どの位置についてどういう手技が行われているのかということが見失われないようにすることも必要です。
 術中動画がなければ、絵を使うこともあります。
 もちろん、見なくてもわかる程度のことだと判断して、何も絵や図をつけない時もあります。

 当職は、訴状を起案した後、第何版かの推敲と改訂を重ねながら、同じ事務所の、医療事件を普段取り扱わない弁護士に時間を取ってもらって訴状を見てもらうということをよくします。みんなに見てもらいすぎて、事務所の弁護士全員がある程度どんな事案かを把握してしまったということもありました。

 なぜそんなことをするかというと、自分の書いた書面が、普段医療事件を取り扱わない人にも十分わかりやすく正しいメッセージを伝えるものかの検証をするためです。既に何度も協力医に面談をしてもらうなどして意見をもらった後ですから、訴訟前には、第三者である裁判所からどう見られるだろうかという視点が往々にして欠けてしまいます。

 ミオトームって何?ivとdivはどう違うの?心拍数と脈拍数がずれているから何なの?この段落とこの段落がどうつながっていくの?という、それまでの準備期間の中で弁護士の中では当たり前になってしまっていた事項を、第三者目線でフォローしてもらう作業が、書面のブラッシュアップにつながっていると思います。

 事件のことを何も知らない裁判所に見てもらう、理解してもらう、判断してもらうための書面なのですから、医者と担当弁護士だけがわかる訴状は、いくら内容が正しくても出来損ないではないでしょうか。

3.証拠つけ

 訴状には、立証を要する事由ごとに証拠を記載したうえ重要な書証の写しを添付する必要があります(民事訴訟規則53条1項、同55条2項)。そのため、訴状段階で必要な証拠は適切に提出します。
 ここで「適切に」とは、必ずしも一度に全部出すわけではないということです。たとえば協力医の意見書のなかでもポイントが違うということもありますし、裁判所の訴訟指揮に応じて出したいものもあります。
 しかし、適時提出主義(民事訴訟法156条)もありますから、訴訟経過の中でバラバラと出すのもまた望ましくありません。
 訴訟経過を最初からある程度見据えて、「適切に」提出します。

4.証拠説明書の作成

 「文書を提出して書証の申出をするときは、当該申出をする時までに、文書の標目、作成者及び立証趣旨を明らかにした証拠説明書を提出」する必要があります。(民事訴訟規則137条1項)。

 「証拠説明書は、証拠とする文書の持つ証拠力を十全に引き出すために積極的に利用すべきである。」とされます(5訂『民事弁護における立証活動』137頁、証拠法体系4・68頁)。また、当職も、民事裁判修習中(司法修習生といって、司法試験合格後に裁判所・検察庁・弁護士事務所等で研修を受ける立場の者が、民事事件を扱う裁判所で研修を受けている期間のことを言います。)に出会った裁判官が、弁護士の出した書面を読みながら、「この証拠の証拠説明書はどこか」ということをいつも気にしていたという記憶があります。全ての裁判官が、当職が修習を受けたあの裁判官のように、証拠と証拠説明書を丁寧に見比べてじっくり検討しているかというと、どうやらそうでもないようなのは残念ですが、せっかく有利だと思って証拠を出すのですから、こちらの言い分に沿うようにじっくり検討してもらえるチャンスをみすみす逃すことはできません。

 そこで、当職は多くの医療訴訟において、この証拠説明書の作成にかなりの時間を割きます。この書面の何ページにこういうことが書いてあるから、こういうことがわかって、結局訴状の何ページに書いてあるこういうことが証明できるのだという流れをできるだけ書きます。特に大事だと思うところは下線を引き、色を変えたりマーカーを引いたりします。
 訴状と証拠の結びつきを文字で間違いなく示すものですから、証拠説明書の作成には、かなり気を使いますし時間をかけます。

5.印紙代をお願いします・・・

 できあがった訴状等は、ご依頼者様に見てもらいます。弁護士は当事者の代理人ですから、当事者が覚えている内容、言いたい内容と書いてあることが合致しているかをみてもらいます。
 この内容であっています、これで出しましょうとなれば、印紙代をお願いします。
 印紙代は、特に医療訴訟となれば、なかなか些少な金額と言うわけにはいきません。
 たとえば500万円を請求する訴訟であれば3万円の印紙、1000万円を請求する訴訟であれば5万円の印紙、1億円を請求するのであれば32万円の印紙、2億円を請求するのであれば62万円の印紙が必要です。

 これは裁判所に出すものですから、私たちの一存で安くするようなことはできませんが、一部請求といって、「全体の損害額は2億円だけれども、とりあえず100万円だけ請求する。」という訴訟の仕方をすることで、訴状段階での出費を抑えることは可能です。この場合には、請求額を広げるときに差額印紙代を納付することになります。また、訴訟の中で請求していない部分について消滅時効で権利が消えてしまう可能性にも注意が必要です。

6.次のステップへ

 つぎは、訴訟を実際に提起してからの動きについて解説します。
 以下次回。

医療過誤に関する損害賠償の類型と思考過程・類型1「術中手技の過誤」シリーズ
(1)主張
(2)立証準備
(3)調査
(4)訴訟準備