第1 設題・術中手技の過誤事例(再掲)

 患者Aが、B医師の執刀下で手術Xを受けたところ、術前に思いもよらなかった傷害を受けた場合、AさんはB医師に対して、あるいはB医師を使用するC病院に対して、損害賠償を請求できるでしょうか。
 今回は、B医師の手術手技が著しく稚拙であったために、術中にAさんの身体のうち本来傷付けるべきでないところに傷が付いたという場合を考えます。

第2 医療過誤調査

1.調査前の準備 ~予習~

 協力医との面談前に、まず弁護士が診療録を読み込んでおきます。面談の中で問題になりそうな部分についてわからない医療用語や略語があればわかる限りで調べ、理解を深めておくことは当然です。
 そして、考えられる法律構成で一本筋の通るものを自分のなかに持っておきます。既に主張の構成と立証を準備する中で、これはできているはずです。ただし、自分は医療従事者ではないことを念頭において、用意した筋以外にもフレキシブルに組立てができるよう、特に問題になりそうな日の診療録は、面談前に何度も繰り返し読み込みます。
 また、協力医に事前に診療録の写しと一緒に弁護士の作成した経緯概略と質問状を診てもらっておくこと、どの程度まで協力をお願いできるのかと費用等について確認しておくことが必要です。

2 調査面談の実施

(1)面談はできるだけ具体的場面を想像しながら

 実際の面談では、まず自分の考えている筋がどの程度医学的に説明がつくのか、考えられる相手方の反論は医学的に説明がつくのか、矛盾する証拠は存在するか等を忌憚なく質問します。
 注意しなければならないのは、訴訟上のルールとして、「過失はプロスペクティブ(前方視的)に、因果関係はレトロスペクティブ(後方視的)に」ということがある点です。どういうことかというと、「今振り返ってみればああいう情報もあるので、良くない手術手技だったといえるが、あの時点で得られた情報を基礎にすればやむを得ない選択だった。」というのは、法的な意味で過失にあたらないということです。
 協力医には実際の医療現場を想像してもらい、その時その場にいた医師であればどう動くのが適切だったか、実際こういう動きをしたことはスタンダードな医療のレベルを下回るかということを教えてもらいます。
 そのなかで、当初想定していた点とは違う点が過失として浮き上がってくることもあります。
 一つの筋道を、面談の中で難しいと判断すること、及び、その他の筋道がどれだけ浮き上がってくるかということ、これらは医療過誤事件をどれだけ扱ってきたかという経験と事前の予習がものをいう場面です。もちろん、事件の性質もあります。

(2)想定事例の場合に協力医に教えてもらうこと

 想定事例(手術X)に関する面談の場合は、B医師による手術動画が残っていれば、協力医にはそれをみてもらいます。そして、何分何秒のどこがどうして問題ですというお話を聞きます。

 その「問題」は、「B医師の手術の手技が稚拙である」というだけでは不十分です。
 何分何秒の時にB医師の操作するカテーテルは右に進んでしまっているが、このタイミングではカテーテルは本来左に行っていなければならない、なぜなら、この手技はこの後こうなる予定だからである、あるいは、まっすぐ進んだり右に進んだりすればこういうデメリットが起こり、左に進めばそのデメリットが回避できるからであるなど、理由とともに手技の状況を解説してもらいます。

 そして、カテーテルが右に進んだということは、B医師がどういう考えでどういう手の動きをしたと考えられるのかなど、できる限り詳しく教えてもらいます。

 ここで、右にカテーテルが進んだことがおよそあり得ないという意見を聞けることは、あまり多くありません。避けられない合併症として右にカテーテルが動いてしまうことがあり得るであるとか、右にカテーテルが進んだことにそれなりの合理的根拠があるということになると、「右にカテーテルを進めてしまったことはB医師の手技が稚拙であるせいだ。」という主張で裁判を戦い抜くことに少し不安を感じなければなりません。

 どうも肯定的な意見が得られなければ、面談の最中に頭を柔軟に切り替えることが必要です。B医師の手術手技のミスが背景にあるとしてもそれを前面に押し出すことは控え、それまではむしろ傍流と考えていた事情についての適否を質問します。
 たとえば、当該のそのタイミングでカテーテルが右に行くことの危険性をより深く教えてもらい、それを防ぐための予防措置はあるのか、予防措置は簡単に取れることなのか等を質問します。そうして、この場合に右にカテーテルを進めることは大層危険な手技であったし、実際手術Xの執刀の時点でそのことは通常の医師であれば明らかなことであったけれども、B医師は予防措置をとっていなかったようだということが明らかになれば、責任追及の主眼は手術手技から予防措置にシフトします。
 そして、因果関係についても十分検討することです。また、この件に関して医師が使っている文献があったら、教えてほしいとお願いしてみます。

 面談の際には、組み立てた筋が相手方の反論にきちんと耐えるかどうかも検証が必要です。つまり、周辺事情の中で、こういうことがあってもなおそのように言えますかということを確認します。
 たとえば、Aさんは今回手術の直前までワルファリンを服用していて、手術直前に服用をやめたはいいが、手術前日もPT-INRが1.5ぐらいだったんですけどそれでも右にカテーテルを進めていいんですか、この場合に右にカテーテルを進めることは血管破綻の可能性が高く、PT-INRが1の人に比べて一層危険が高かったといえるんじゃないですかなど、事前に準備していた情報を余すところなく使って質問します(例に過ぎませんが、このような事情があれば、そもそもそのような状態のAさんに手術Xをその日実施したことの必要性や適切性も問題になり得るでしょう。)。

(3)動画がなければこうする

 手術動画がなければ(当職の経験上は、ないことの方が多いです。)、協力医にはAさんの現在ないし手術後の経過及び状況をできる限り伝えるほか、Aさんに診断書をとってもらう、傷痕の写真を撮ってもらう等により、どういう事情が推測されるのかを教えてもらいます。
 ケースバイケースですが、実際に模型や描画で教えてもらうことが多いでしょう。当事務所では詳細な人体解剖図版も何冊か備え置いているほか、主要臓器や脊椎の模型も用意しています。
 これらは、ALG大阪支部では当職の席の後方に配置していますので、夜中に仕事をしている時にはちょっと不気味です・・・。が、協力医に教えてもらう時のほか、裁判所に提出する書面を作成する時にも役立ちます。

3.調査結果の検討 ~泣き寝入りはしたくない、濫訴もしたくない~

 面談が終わったら、まずは面談結果をまとめます。
 自分のもともと立てていた筋は医師の眼から見てどうなのか、新たに見えた別の筋道と比べてどうなのか、相手方はどのように反論してくるだろうか、それは乗り越えられるだろうか、医師の意見書はあるのかないのか等を含めて、訴訟に耐えるだけの情報を収集できたのかを検討します。

 ここに至るまでに、弁護士は既にAさんとは何度もお話しています。だからAさんにもだいぶ気持ちが寄ってきていますし、できる限りAさんに有利になるように解釈・構成できないかを何度も検討します。
 それでも、訴訟となれば時間も費用もかかります。着手金・日当・交通費といった弁護士にかかる費用だけでなく、鑑定費用・意見書費用・訴状印紙などで、費用総額が数百万円と見込まれることも少なくありません。仮に敗訴すれば一円ももらえないどころか裁判所宛ての費用は返ってきませんし、敗訴しなくとも弁護士費用はお返しできません。こと医療訴訟において弁護士の言う「訴訟しましょう。」という一言は、もしかすると数百万円の損をする可能性のある判断を依頼者に迫ることです。安易には言えません。
 なお、B医師がまだ若くて将来を嘱望されているとか、あるいは医学界の大重鎮であるとかいった要素は、まったく考慮に入れません(意見書の取りやすさ・取りにくさとの関係で考慮することはあり得ますが、訴訟の際に遠慮するかといえばまったく遠慮しません。)。

 立証がどの程度可能であるのか、過去の裁判例に照らしたときの裁判所の判断はどうなるかを冷静に判断します。
 そしてAさんにご連絡し、面談の結果をご報告するとともに、今後の方針について、見込みをお伝えしてご相談します。申し訳ないが訴訟に耐えるだけの資料がないと思うと考えればそのようにお伝えします。

4.次のステップへ

 つぎは、調査結果が色よいもので訴訟が可能と判断した場合の、訴訟準備について解説します。
 以下次回。

医療過誤に関する損害賠償の類型と思考過程・類型1「術中手技の過誤」シリーズ
(1)主張
(2)立証準備
(3)調査
(4)訴訟準備
(5)訴訟を起こしてから
(6)訴訟の中盤