前回の記事はこちら:第2回「先駆的医療実施の要件について」

3.先駆的医療を行う際の説明義務について➀

(1) 説明義務についての一般論

 先駆的医療に限らず、一般的に、医師は患者に対して説明義務を負います。この説明義務の根拠の根拠には、①患者の自己決定権保障の前提として、医師が医療行為等に対して説明を行うべきといえること、②医療行為は準委任契約(民法656条)に該当し、受任者たる医師は委任者たる患者に報告義務を負うこと(民法645条)、③医師法23条の規定(医師は、診療をしたときは、本人又はその保護者に対し、療養の方法その他保健の向上に必要な事項の指導をしなければならない)に基づくこと、などがあげられています。

 説明義務の水準として、説明義務の主たる根拠が患者の自己決定権保障の前提にあることに照らせば、通常の患者が一般的に必要とする情報の他、特に当該患者が必要としている情報について、患者に分かりやすく説明をしなければならない、といえます。

 説明義務の種類は、①医療行為を行う以前のもの(自己決定権の前提としての説明義務)、②療養指導のためもの、③医療行為が終了した時点での説明義務(顛末報告義務)に大別されます。
 説明義務が争点となった裁判例は非常に多く、また争点の内容も多岐にわたることから、今回の記事ではその詳細は割愛します。

(2) 先駆的医療に関連する説明義務の類型

 先駆的医療に関連する説明義務としては、先駆的医療を行う場合における、(a)先駆的医療を実施するに先立つ説明義務、(b)先駆的医療を実施した後の説明義務、及び先駆的医療を行わない場合における(c) 先駆的医療(未確立両方)が存在することの説明義務が考えられます。

(3) 先駆的医療を実施するに先立つ説明義務について

 医療行為実施に先立つ説明は、患者の自己決定の前提となることから、説明義務の中でも重要性が高いといえます。

 先駆的医療のように、一般的に行われていない、しかも不確実なリスクを内包する可能性の高い医療行為を実施するにあたっては、患者が自己決定をするための十分な情報を与えられることが不可欠であることはいうまでもありません。特に先駆的医療を受ける患者はそれ以外に治療法がないことも少なくないことから、藁にもすがる思いで治療を受けかねない一方、先駆的医療を実施する医師はそれにより自分の業績として評価されたいとの欲求を持っていることが少なくありません。このように治療を受ける側と治療をする側の動機が必ずしもかみ合っていない可能性もあるため、先駆的医療を実施するにあたっては、医師は、より緻密な説明を行うことが求められるというべきでしょう。

 具体的には、医師は、前回記事で検討した先駆的医療実施の要件(他の治療に対する優越性、先駆的医療をすることの合理性、実施機関の相当性、実施機関の相当性)のそれぞれについて、客観的な根拠(検査結果等のバイタルデータ、研究論文)等をもとに、患者が納得できるような説明を行うべきといえます。

 この説明が不十分であり、仮に患者が十分な説明を受けていればその先駆的医療を受けることがなかったといえる場合に医療事故が発生したときには、説明義務違反と結果との間の因果関係も肯定されることが少なくないと考えられます。また、因果関係が否定された場合でも、自己決定権の侵害があったとして慰謝料の支払いが認められることがあります。

 この点、大阪地裁平成20年2月13日判決(判タ1270号344頁)は、痙性斜頸(首が左右上下のいずれかに傾く、捻じれる、震えるといった不随意運動を引き起こす局所性ジストニアの一種)に対してアドリアシン(抗がん剤として主に用いられていた薬剤)を投与したという事案で、

『医師は、患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては、診療契約に基づき、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明する義務があると解される』『先端的な治療法である本件アドリアシン注入術を受けるか否かは、Aが、本件アドリアシン注入術の具体的内容や先端的な治療法であることなどを十分理解した上で、自らの意思で選択されるべきものであった』

とし、医師の説明義務違反を認めました。もっとも、『本件説明義務が尽くされていれば、Aが本件アドリアシン注入術の実施に同意しなかったことを是認し得る高度の蓋然性が証明されたとはいえ』ないとして、説明義務違反と死亡の結果との因果関係を否定しています。一方、被告が『本件説明義務を怠ったことにより、Aが先端的な治療法である本件アドリアシン注入術を受けるか否かについて意思決定する権利を奪ったものといえ、この点において、Aの人格権の一内容としての自己決定権を侵害した』とし、人格権侵害による慰謝料請求を認容しました(認容額180万円)。

 先駆的医療は、その効果が未確定なことから、不幸な結果が発生しやすく、紛争になりやすいタイプの医療行為だといえます。
 先駆的医療に先立ち、それを受ける患者としては、その内容がきちんと理解できるよう説明を受け、証拠を残しておくこと、一方、実施する医療機関としても、その特性をよく理解し、一般的な医療よりもきちんとした説明を行い、患者に理解・納得してもらい、証拠を残しておくことが不可欠といえます。

(4)

 次回は、(b)先駆的医療を実施した後の説明義務と(c) 先駆的医療(未確立両方)が存在することの説明義務を検討したいと思います。

先駆的医療に関する諸問題 シリーズ一覧

第1回「先駆的医療とは」
第2回「先駆的医療実施の要件について」
第3回「先駆的医療を行う際の説明義務について➀
第4回「先駆的医療を行う際の説明義務について➁」
第5回「先駆的医療(未確立療法)が存在することの説明義務」