第1 設題・術中手技の過誤事例

 患者Aが、B医師の執刀下で手術Xを受けたところ、術前に思いもよらなかった傷害を受けた場合、AさんはB医師に対して、あるいはB医師を使用するC病院に対して、損害賠償を請求できるでしょうか。

 今回は、B医師の手術手技が著しく稚拙であったために、術中にAさんの身体のうち本来傷付けるべきでないところに傷が付いたという場合を考えます。

第2 総論

 一般論として、医療行為を医療過誤として法的に不法行為(民法709条)ないし債務不履行(民法415条)と構成するためには、以下の3要件が必要であり、患者側が立証を行う必要があります。

① 故意・過失
② 損害
③ 因果関係

第3 思考順序

1.損害

 患者側弁護士が行うのは、「損害」賠償請求なのですから、まずは何に対して賠償を求められるのか、損害の把握が必要です。

 損害とは、「仮に医療過誤がなければあり得た理想の状態」と、「医療過誤を受けた現在」との差を金額的に把握したもののことをいうので、医療過誤を受けたにもかかわらず現実と理想との間に差が生じていない場合には、損害賠償請求はできません。そのため、手術Xの後に思いもよらない傷があったとしてもすぐに消えてしまうなどした場合には、損害賠償請求はできないか、できたとしても非常に少ない金額(傷が治るまでの期間に対応した慰謝料等)しか請求できず、費用倒れになる可能性があります。

 したがって、弁護士としては、Aさんに現在どのような傷が残っていて、そのためにどのような支障が生じていて、どの程度回復の見込みがあると診断されているのかを理解する必要があります。

2.過失

 つぎに、損害につながる病院側のミスを探します。問診・検査の十分性、適応に関する術前の判断の合理性、術中の個人手技、術中チームワーク、術後管理等の診療行為の中から、ミスとして考えられるポイントを絞ります。私は、このポイントの絞り方こそ、医療過誤を集中的に扱う弁護士の知見と経験が生きるところだと思っています。

 今回は、B医師のX術中手技が問題だということを把握できました。

 もっとも、診療行為は常に、診断から治療までが一連の経過ですから、B医師のX術中手技が問題だと絞ったとしても、関連する他の診療行為への目配りを忘れてはいけません。

3.医学的知見と因果関係

 今度はB医師のX術中手技について考えます。

 どういう疾患に対するどういうアプローチなのか、本来どういう手技として行われるべきものが今回はどう行われたのか、その結果本来どうなるべきものが今回はどうなったのか、比較しながら思考します。

 さらに、B医師のX術中手技の悪さが、いまAさんに残っている損害のすべてに原因するとして説明がつくものか、その他の事情が介在していないかも検討します。

4.立証は可能か

 主張を組み立てる時には、立証がどの程度可能なのかも当然考えます。

(1)まずは診療録の収集です。
 診療録には種類があり、記録の種類によって法定保存期間が異なります。C病院が閉鎖されていたような場合には、法定保存期間内であるにもかかわらず記録が散逸してしまっていることもあり得ます。
 紙カルテか、電子カルテか、両カルテを併用しているのか、B医師やC病院の術前術後の対応等から判断して、証拠保全又は任意開示で診療録を出してもらうことになります(詳細は他稿に譲ります。)。

(2)脳神経外科の話であれば、手術動画が録取されているケースが比較的多いのですが、その他の診療科では手術動画の残されているケースはそれほど多くない印象です。
 また、仮にAさんに対するB医師の手術動画が残されていたとして、それがミスといえるためには、「診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準」に従った術中手技でないといえる必要があります(最高裁昭和57年3月30日判決・昭54(オ)1386号参照)。
 すなわち、B医師の術中手技について、通常の医療水準を下回っているということを立証しなければいけません。手術動画を見て判断をしてくれる第三者の医師の協力が不可欠といえるでしょう。

(3)裁判例を俯瞰してみると、術中手技の過誤が認められたケースは多くありません。
 たとえば、総胆管結石除去目的で内視鏡的逆行性膵胆管造影(ERCP)及び内視鏡的乳頭バルーン拡張術(EPBD)を受けた際、十二指腸穿孔を生じて開腹手術を余儀なくされ、開腹手術後、急性膵炎、後腹膜膿瘍、腸閉塞等により入退院を繰り返すことになったという著しい経過不良を生じた件につき、十二指腸穿孔を生じせしめた医師の手技上の過誤を問題とした裁判例があります(東京地裁平成23年6月9日判決・平20(ワ)2708号)が、裁判所は、穿孔の性状・程度等にてらせば、術中の十二指腸穿孔は一定の頻度で生じる不可避の偶発症である旨判断しています。

(4)手術は、体に傷をつけて行う治療です。また、体の特質は人それぞれ固有のものですし、手術をしようという人は、そもそも体に悪いところを抱えています(美容医療はここが例外的です。)。
 そのため、手術には安全確実ということはなく、医師にミスがなくても偶発的にマイナスの結果が生じてしまうことがあります。
 術中手技の過誤を問題とする場合には、手術という侵襲行為に伴う不可避の偶発症であるという反論が当然予想されますので、これを乗り越えられるかどうかを慎重に検討します。
 類似事例の裁判例も探して、どのような判断がされてきたかを見比べます。

5 次のステップへ

 ここまで思考し、どうやらB医師のX術中手技の稚拙さを主張の前面に押し出すことについてそれなりの筋が通るという判断をつけると、つぎは立証準備と調査を行うことになります。
 以下次回。

医療過誤に関する損害賠償の類型と思考過程・類型1「術中手技の過誤」シリーズ
(1)主張
(2)立証準備
(3)調査
(4)訴訟準備
(5)訴訟を起こしてから
(6)訴訟の中盤