1 はじめに

 医療事件を集中的に処理していると、「血液凝固能のコントロールを失したために、頭蓋内出血や消化管出血といった出血性合併症を発症し、重篤な転帰を辿った」というような症例に多く接します。
 今回は、僧帽弁に対する機械弁置換術後、ワーファリン錠(一般名ワルファリンカリウム)による凝固能コントロールを行っていた高齢患者が、ある別の疾患の治療のために大学病院で抗菌薬等を投与され、凝固能が過剰に抑制された状態に至ったところ、大学病院の医師が、同状態を認識したか又は容易に認識しえたにも拘らず(具体的には、血液検査の結果、PT-INR9超を示したにも拘らず)、無為に過ごしたため、数日後に脳出血を生じ、最終的に不随の常況に陥った、という症例について、関連する医学的知見を少し紹介してみましょう。

2 前提を少々

 心臓の大動脈弁や僧帽弁を生体弁や機械弁(生体弁と機械弁を合わせて人工弁といいます。)に置換する手術を受けた場合、血流の中に異物が留置されることになるので、血栓が形成されやすくなります。
 形成された血栓は、血流に乗って進展し、脳梗塞のような良からぬ事象を惹き起こします。
 そのため、人工弁置換術後の患者は、終生、血栓形成を抑制するために、血をサラサラにする薬を飲み続けなければいけません。
 この薬を抗凝固薬(抗凝固薬と抗血小板薬を合わせて抗血栓薬といいます。)といい、その代表格がワルファリンカリウムという薬です。
 ワルファリンカリウムの歴史は古く、最初に合成されてから既に70年以上を経ましたが、現在も広く重用されています。なお、ここ数年で、新たに、リバーロキサバンなどの新規経口抗凝固薬(NOAC)がいくつも登場していますが、それについてはまた別の機会に。
 以下では、「ワーファリン」、「ワルファリンカリウム」のことを、商品名を指すために「ワーファリン」と呼ぶ場合を除き、慣例に従い、「ワルファリン」と呼ぶことにします。

3 ワルファリン療法中の定期の凝固能検査

 ワーファリン錠添付文書には、次のとおり記載されています。
 すなわち、まず、ワルファリンの用法・用量に関して、「本剤は、血液凝固能検査(プロトロンビン時間及びトロンボテスト)の検査値に基づいて、本剤の投与量を決定し、血液凝固能管理を十分に行いつつ使用する薬剤である。」、「ワルファリンに対する感受性には個体差が大きく、同一個人でも変化することがあるため、定期的に血液凝固能検査を行い、維持投与量を必要に応じて調節すること。」と明記されています1
 また、「患者への注意」として、「定期的に診察を受け、凝血能検査(トロンボテスト等)を必ずしてもらうこと」とあります2
 つまり、ワルファリン投与中には、凝固能を管理する必要があり、凝固能を把握するために定期的な検査(血液検査)を行う必要があるということです。

4 凝固能の指標としてのPT‐INR

 ワーファリン錠添付文書によれば、「プロトロンビン時間及びトロンボテストの検査値は、・・・・・・一般的にINR(International Normalized Ratio:国際標準比)が用いられている。INRを用いる場合、国内外の学会のガイドライン等、最新の情報を参考にし、年齢、疾患及び併用薬等を勘案して治療域を決定する」3とあります。
 端的にいえば、凝固能の指標として、近時は、PT‐INRが通常用いられるということです。

5 MVR後のPT‐INR治療域

 現下の循環器疾患に対する標準的な抗血栓療法を説く文献は、「循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン(2009年改訂版)」です。以下、単に「ガイドライン」と呼びます。
 ガイドラインは、僧帽弁に対する機械弁置換術(MVR)後3か月以降においてワルファリン治療を行う場合についてはPT‐INRを2.0~3.0に維持するべきであるとして、これをクラスⅠ4に位置づけています5

6 高齢者の場合の注意(最も懸念されるのは出血性合併症であること)

 ガイドラインによれば、「抗血栓療法に伴う最も懸念される合併症は頭蓋内出血をはじめとする出血性合併症であり、その最も強力な予測因子は患者の年齢と抗血栓療法の強度である。年齢とワルファリンの設定用量についての検討では、70歳以上のワルファリン使用量は50歳以下の約56~64%であり、加齢とともにワルファリンの効果が増大するものと考えられている。」6、「ワルファリンによる抗凝固療法の最適強度はPT‐INR2.0~3.0とされているが、70歳以上の症例では重篤な出血性合併症がPT‐INR2.2以上でみられ始め、2.6を超えると急激に増加する。7とあります。
 PT‐INRの値と頭蓋内出血リスクの関係についていえば、非弁膜症性心房細動患者を対象とする研究の結果ではありますが、PT‐INR1.5~2.0における頭蓋内出血リスクを1とした場合、PT‐INR4.0~5.0のリスクは12倍を超えるとされているようです 。
 ワーファリン錠添付文書も、高齢者の場合の注意に関し、ワルファリン「は血漿アルブミンとの結合率が高く、高齢者では血漿アルブミンが減少していることが多いため、遊離の薬物の血中濃度が高くなるおそれがある。用量に留意し慎重に投与すること」と明記しています9
 なお、ガイドラインによれば、抗血栓療法患者4000例を対象に行った観察研究において、ワルファリン(単剤)療法中の患者が頭蓋内出血を発症した確率は0.6%/年です10

7 他剤と併用する場合の注意

(1)セフェム系抗生物質製剤との併用注意

 ワーファリン錠添付文書によれば、重要な基本的注意として、「併用注意の薬剤との併用により、本剤の作用が増強し、重篤な出血に至ったとの報告がある。本剤の作用増強が進展あるいは持続しないように十分注意し、適切な治療域へ用量調節すること。」と記載されています11
 ワルファリンは極めて併用注意の多い薬剤です。すべてを摘示することはできませんので、いくつかを例示するにとどめます。
 併用注意の薬剤の一つに、セフェム系抗生物質製剤があります。これらの抗生物質製剤は、「同薬剤の腸内細菌抑制作用によりビタミンK産生が抑制される」という機序のゆえに、「ワーファリンの作用を増強することがあるので、併用する場合には血液凝固能の変動に十分注意しながら投与すること」と注意喚起されています12
 例えば、セフゾンカプセル(一般名セフジニル)はセフェム系抗生物質の一つであり13、セフゾンカプセル添付文書上も、セフゾンは、腸内細菌によるビタミンKの産生を抑制し、ワルファリンの作用を増強することから、ワルファリンとの併用に注意すべきとされています14

(2)キノロン系抗菌剤との併用注意

 また、ワーファリン錠添付文書上、レボフロキサシン水和物等のキノロン系抗菌剤も併用注意の薬剤として挙げられており、同剤はワルファリンの「作用を増強することがあるので、併用する場合には血液凝固能の変動に十分注意しながら投与すること」と注意喚起されています15
 例えば、クラビット錠は、まさにレボフロキサシン水和物等のキノロン系抗菌剤であり16、クラビット錠添付文書上も、「ワルファリンの肝代謝を抑制、又は蛋白結合部位での置換により遊離ワルファリンが増加する等」の機序のゆえに、「ワルファリンの作用を増強し、プロトロンビン時間の延長が認められたとの報告がある」として、ワルファリンとの併用に注意すべきとされています17

 

8 肝障害がある場合の注意

 ワルファリン「は、ビタミンK作用に拮抗し肝臓におけるビタミンK依存性血液凝固因子(プロトロンビン、第Ⅶ、第Ⅸ、及び第Ⅹ因子)の生合成を抑制して抗凝血効果及び抗血栓効果を発揮」します18。そして、これら「ビタミンK依存性凝固因子は肝臓で産生されるので」 、肝機能障害がある場合には、その産生が抑制され、血液は凝固因子が乏しい状態に陥り、出血傾向が増大することになります。
 ワーファリン錠添付文書は、この点に鑑みて、重篤な肝障害がある患者に対するワルファリンの投与を禁忌と明記しています20
 つまり、肝障害がある場合には、肝臓におけるビタミンK依存性凝固因子の産生が抑制され、出血傾向が増大するのです。

9 PT‐INR治療域を逸脱した場合(出血性合併症を含む)の対応

(1)ガイドライン

 ワルファリン投与中に脳出血を生じた場合を含め、PT‐INRが治療域を逸脱した場合の対応に関し、ガイドラインは、次のように説いています。
 すなわち、まず、なすべき処置が何かに関しては、出血性合併症に対する一般の救急処置を行うのは当然として(クラスⅠ)、出血性合併症の重症度が軽度であればワルファリンを減量し、他方、重症度が中等度又は重度であればワルファリンを中止することが推奨されていますクラスⅠ)。必要がある場合には、ビタミンKを投与することが推奨されていますクラスⅠ)。特に、早急にワルファリンの効果を是正する必要がある場合には、新鮮凍結血漿(FFP)や乾燥ヒト血液第Ⅸ因子複合体製剤500~1000単位を投与することが推奨されていますクラスⅡa)。また、ワルファリン療法中の急速なPT‐INRの是正のためには、遺伝子組み換え第Ⅶ因子製剤の投与が勧められていますクラスⅡb21
 そして、これら処置の有効性に関しては、「PT‐INRが過度に上昇している症例にビタミンKを投与すると、PT‐INRはプラセボ投与群より早く是正される。」、「乾燥ヒト血液凝固第Ⅸ因子複合体製剤500単位を静注するとPT‐INR(2.0~10以上)は10分以内に是正される。乾燥ヒト血液凝固第Ⅸ因子複合体の効果を新鮮凍結血漿と比較すると、前者の方がPT‐INR是正効果の発現が早く、かつ強力である。ワルファリン内服中の症例が脳出血を発症し、発症24時間以内にPT‐INR2.0以上を示す場合は、血腫が増大しやすいので、適切な血圧管理を行うとともに乾燥ヒト血液凝固第Ⅸ因子複合体製剤で早急にPT‐INRを是正するべきである。乾燥ヒト血液凝固第Ⅸ因子複合体製剤のみを投与すると、凝固因子の半減期に応じて、低下したPT‐INRは12~24時間後に再上昇する。しかし、乾燥ヒト血液凝固第Ⅸ因子複合体製剤とともにビタミンKを投与すると、そのPT‐INR再上昇がなく、PT‐INRを持続的に低下させることができる。」とされています22

(2)添付文書

 次に、ワーファリン錠添付文書は、なすべき処置が何かに関して、「出血等の副作用のため本剤の抗凝血作用を急速に減少する必要がある場合には投与を中止するとともに、ビタミンK製剤の投与を要することがある。なお、脳出血等の重篤な出血を発現した場合には、必要に応じて、新鮮凍結血漿の輸注等の適切な処置も考慮すること。」23とか、脳出血等の臓器内出血を生じた場合には、「本剤の減量又は休薬、あるいはビタミンK製剤投与、新鮮凍結血漿の輸注等の適切な処置を行うこと。また、同時に血液凝固能検査(トロンボテスト等)を行うことが望ましい。」24と明記しています。

10 さいごに

 ワルファリンをはじめとする抗凝固薬は、そもそもにおいて凝固能を抑制するための薬ですので、これを常用している場合に出血性合併症が起きたからといって、直ちに医師が有責であるということにはなりえません。
 しかしながら、冒頭に紹介した症例がそうであったように、ワルファリンコントロール中の患者がPT-INR異常高値を示した場合に、これを放置してしまうと、重篤な転帰を辿ることになりかねません。
 特に、頭蓋内や消化管内は、構造上、出血を知るのが容易でなく、かつ、止血するのも容易でありませんので、看過ごした場合の危険性はたいへん大きいのです。
 この程度のことは、いかなる標榜科目の医師にとっても常識ですので、当該医師が手ずからPT-INRを治療域に是正する処置を行うかどうかはともかく、早急に患者に適切な処置を受けさせなければならないことは多言を要しません。

1 ワーファリン錠添付文書1頁
2 ワーファリン錠添付文書6頁
3 ワーファリン錠添付文書1,2頁
4 クラス分類(循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン(2009年改訂版)4頁)

クラスⅠ  :有益/有効であるという根拠があり、適応であることが一般に同意されている
クラスⅡa :有益/有効であるという意見が多いもの
クラスⅡb :有益/有効であるという意見が少ないもの
クラスⅢ  :有益/有効でないないし有害であり、適応でないことで意見が一致している
5 循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン(2009年改訂版)19頁
6 循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン(2009年改訂版)40頁
7 循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン(2009年改訂版)40頁
8 J Cardiol. 2015 Mar;65(3):175-7. doi: 10.1016/j.jjcc.2014.07.013. Epub 2014 Aug 26.
Warfarin anticoagulation intensity in Japanese nonvalvular atrial fibrillation patients: a J-RHYTHM Registry analysis.
Yamashita T1、 Inoue H2、 Okumura K3、 Atarashi H4、 Origasa H5; J-RHYTHM Registry Investigators.
9 ワーファリン錠添付文書6頁
10 循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン(2009年改訂版)54頁
11 ワーファリン錠添付文書2頁
12 ワーファリン錠添付文書5頁
13 セフゾンカプセル添付文書1頁
14 セフゾンカプセル添付文書2頁
15 ワーファリン錠添付文書5頁
16 クラビット錠添付文書1,5頁
17 クラビット錠添付文書2頁
18 ワーファリン錠添付文書7頁
19 ワーファリン錠添付文書1頁
20 ワーファリン錠添付文書1頁
21 循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン(2009年改訂版)54,55頁
22 循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン(2009年改訂版)54,55頁
23 ワーファリン錠添付文書2頁
24 ワーファリン錠添付文書6頁