1 はじめに

(1)テーマ選定の経緯

 医療事件を集中的に扱っていると、肺癌、胃癌、乳癌、卵巣癌、子宮癌、大腸癌、肝臓癌、胆嚢癌、悪性リンパ腫など、各種の癌に何度も出くわす。
 過日、健康診断のため胸部X線撮影装置の前に立ったとき、ふと、それら事件の中に「検診における見落とし」が問題となるものが一定数含まれていることに気付いた。そこで今回は、「検診における癌の見落とし」をテーマに考察してみる。

(2)検診と健診

 検診とは、癌や結核などの特定の疾患の早期発見・予防を目的に、必要な検査・診察を行い、当該対象疾患に罹っていないかを診断するものである。似て非なるものとして、健診(健康診断)があるが、これは全体的な健康状態を把握するものである。
 ただ、近時は、健診(健康診断)の方法の一部として検診が行われている(以上、医学大辞典より)。

(3)対策型検診と任意型検診

 一口に検診といっても、対策型検診と任意型検診に分かれる。
 対策型検診とは、集団全体の死亡率を下げるため公共的な予防対策として行われ、集団検診(例えば住民検診や職域検診)がこれにあたる。公的な補助金が出るので、無料か少額の自己負担で済む。市区町村や会社から委託を受けた機関が行うこともある。
 他方、任意型検診は、医療機関等が任意に役務提供し、個人が自分の死亡リスクを下げるため任意に受検するものである。人間ドックなどがこれにあたる。健康保険組合から補助金が出ることがあるが、基本的に全額自己負担である。基本的な検診内容の種類や料金、オプションで選べる検査の種類は、医療機関によって異なる。
 下表が分かり易いので供覧する(平成16年度厚生労働省がん研究助成金「がん検診の適切な方法とその評価法の確立に関する研究」班『有効性評価に基づく胃がん検診ガイドライン』
http://canscreen.ncc.go.jp/pdf/guideline/gastric_guide060714.pdf)45頁を一部改変のうえ転載。)。

対策型検診
【 住民検診、職域健診など 】
任意型検診
【 人間ドックなど 】
目的対象集団全体の死亡率を下げる個人の死亡リスクを下げる
検診提供者市区町村や職域・健保組合等のがん対策担当機関特定されない
概要予防対策として行われる公共的な医療サービス医療機関・検診機関等が任意に提供する医療サービス
検診対象者検診対象として特定された集団構成員の全員(一定の年齢範囲の住民など)。ただし、無症状であること。有症状者や診療の対象となる者は該当しない定義されない。ただし、無症状であること。有症状者や診療の対象となる者は該当しない。
検診費用公的資金を使用。無料あるいは一部少額の自己負担が設定される全額自己負担。ただし、健保組合などで一定の補助を行っている場合もある。
利益と不利益限られた資源の中で、利益と不利益のバランスを考慮し、集団にとっての利益を最大化する個人のレベルで、利益と不利益のバランスを判断する
提供体制公共性を重視し、個人の負担を可能な限り軽減した上で、受診対象者に等しく受診機会があることが基本となる提供者の方針や利益を優先して、医療サービスが提供される
受診勧奨方法対象者全員が適正に把握され、受診勧奨される一定の方法はない
受診の判断がん検診の必要性や利益・不利益について、広報等で十分情報提供が行われた上で、個人が判断するがん検診の限界や利益・不利益について、文書や口頭で十分説明を受けた上で、個人が判断する。参加の有無については、受診者個人の判断に負うところが大きい
検診方法死亡率減少効果が示されている方法が選択される。有効性評価に基づくがん検診ガイドラインに基づき、市区町村や職域・健保組合等のがん対策担当機関が選ぶ死亡率減少効果が証明されている方法を選択される方が望ましい。ただし、個人あるいは検診実施機関により、死亡率減少効果が明確ではない方法が選択される場合がある
感度・特異度特異度が重視され、不利益を最小化することが重視されることから、最も感度の高い検診方法が必ずしも選ばれない最も感度の高い検査が優先されがちであることから、特異度が重視されず、不利益を最小化することが困難である
精度管理がん登録を利用するなど、追跡調査も含め、一定の基準やシステムのもとに、継続して行われる一定の基準やシステムはなく、提供者の裁量に委ねられている
具体例老人保険事業による市町村の住民検診(集団・個別)
労働安全衛生法による法定健診に付加して行われるがん検診
検診機関や医療機関で行う人間ドックや総合健診
慢性疾患等で通院中の患者に、かかりつけ医の勧めで実施するがんのスクリーニング検査

 このように対策型検診と任意型検診とでは様々な違いがあるので、過去の裁判例も自ずとこの違いを反映したものになっているのではないかと予想される。

(4)癌の種別

 一口に癌と言っても様々であるが、胃癌、肺癌、乳癌、大腸癌、子宮癌は五大癌と総称され積極的なスクリーニングが試みられているのであるから、これらの癌に関しては多くの裁判例があるのではないかと予想される。
 他方で、癌の種類によって症状、検査、診断等は異なる以上、裁判例がこの違いを反映していることも予想される。

(5)小括

 そこで、以下では、ひとまず癌の種別や検診型を問わず、広く検診における癌の見落とし等が問題となった裁判例を抽出したうえ、対策型検診について個別的に分析し、全体的な考察を加えることにする。

2 考察対象の裁判例

(1)抽出方法

ア 判例検索データベースとしてWestlaw(新日本法規出版株式会社)を用い、まず、対策型検診の抽出を意図して、平成元年以降の民事事件に限って、「(定期健康診断∨集団検診)∧(癌∨がん)∧(見落し∨見落とし∨読影∨誤診)」という検索語にて検索すると、54件が抽出された【A】。
 次に、任意型検診の抽出を意図して、平成元年以降の民事事件に限って、「(個別検診∨人間ドック)∧(癌∨がん)∧(見落し∨見落とし∨読影∨誤診)」という検索語にて検索すると、29件が抽出された【B】。

イ 尤も、これら【A】及び【B】のなかには、塵肺、原爆、行政処分取消し、保険金請求など明らかに意図しないものが多く含まれていたので、まずはこれらを除外した。
 また、検診にて異常を指摘された後に掛かった医療機関での診療の適否が問題となっているもの(つまり、検診が端緒であるにすぎないもの)や特定の疾患に対する診療の経過での検査、診断の遅れが問題となったもの含がまれており、これらはこれらで興味深いのだが、今回のテーマに沿わないので、除外した。
 さらに、これら【A】及び【B】は2つの角度から検索を試みたものにすぎないため、自ずと重複がある。そこで最後に重複を除いた。

ウ このようにして、さしあたり対策型か任意型を問わず、また、癌の種別を問わず、検診における癌の見落としや評価の誤り等が問題となったもののみを抽出すると、21件が残った。

(2)抽出結果

 これら21件を下表に供覧する。

判例年月日対策型か任意型か部位
東京地判H22.10.21任意型:人間ドック
名古屋地判H21.1.30対策型:職域検診
東京地判H19.12.20対策型:職域健診
東京地判H18.5.24 対策型:住民健診乳房
東京地判H18.4.26 任意型:有料総合健康診査
大阪地判H18.3.17 対策型:職域健診
仙台地判H18.1.26 対策型:職域健診
奈良地判H15.9.26対策型:職域健診
東京地判H15.3.13任意型:人間ドック
東京高判H14.3.13(⑪の控訴審)対策型:職域健診
東京地判H13.9.12(⑩の原審)対策型:職域健診
東京地判H13.11.7 任意型:人間ドック胆嚢
東京高判H13.3.28(⑭の控訴審)任意型:人間ドック
東京地判H12.11.30(⑬の原審)任意型:人間ドック
東京高判H10.2.26(⑱の控訴審)対策型:職域健診
横浜地判H9.3.26 対策型:住民健診乳房
仙台地判H8.12.16対策型:住民健診
東京地判H7.11.30(⑮の原審)対策型:職域健診
富山地判H6.6.1対策型:職域健診
東京地判H4.1.30任意型:人間ドック直腸
静岡地沼津支判H2.12.19任意型:人間ドック直腸

(3)抽出結果についての雑感

ア 裁判例数は21であるが、うち3つにつき上級審の裁判例が含まれているので、症例数としては18である。

イ 18例中、癌の部位としては、肺10例、乳房2例、胃2例、直腸2例、胆嚢1例、膵1例である。圧倒的に肺癌が多い。五大癌のうち子宮癌がないのは意外である。検索ワードの設定の問題によるかもしれない。

ウ 平成22年以降の裁判例(診療日を基準にいえば平成22年よりもさらに数年前のケース。)がない。既に平成27年の末に差し掛かろうとしているのに、平成22年以降のものがないということは、裁判例が減ったと評価するのが適切であろう。なぜ減ったのか。見落としそのものが減ったのか。訴訟提起に至っていないのか。

エ 18例中10例が東京地裁を第1審としており、過半数である。東京在住者や東京に所在する病院が当事者となっていることが多いと評価することができよう。見落としが問題となる症例が東京に偏って発生している可能性や、訴訟提起に積極的な者が地理的に偏っている可能性が想起される。

オ 対策型が11例、任意型が7例であり、対策型は任意型の1.57倍である。これを直ちに有意な偏りとみてよいかは不明である。

3 個別的分析

 以下では、このうち対策型検診の11例【②、③、④、⑥、⑦、⑧、⑪(⑩)、⑯、⑰、⑱(⑮)、⑲】について個別に分析する。
 なお、任意型検診の7例については、通常診療上の検査との差異は対策型検診ほどに明確ではないと予想されたことから、ひとまず割愛した。

(クリックすると詳細が表示されます。)

② 名古屋地判H21.1.30 / 請求棄却 / 対策型:職域検診 / 部位:肺

◆事案◆
H14当時59歳男性。
被告病院勤務の医師が、職場(被告病院)の定期検診として、被告病院にて受検。
直接撮影(被写体を通過したX線が一対の増感紙上に可視の蛍光像を作り、これが当該増感紙の間に挟まれたフィルムに直接写し出される撮影方法。間接撮影より優れる。)。
H14 呼吸器科医1人で、716枚を2時間弱かけ読影。→異常なし。
H15 呼吸器科医1人で、707枚を2時間弱かけ読影。→異常なし。
H16 呼吸器科医と放射線科医の2人で、読影。→異常あり。→直ちにCT、生検、細胞診を実施し、肺癌と診断。
H18 死亡。

◆争点と判断◆
○H14及びH15写真を異常ありと指摘しなかったことが注意義務違反にあたるか(消極)。

(1)集団検診における胸部X線検査の内在的制約
ア 膨大な被検者を対象とする集団検診に投入しうる費用や社会的資源は無制限ではないこと、人間ドックを受検するなど他の方法により健康管理する選択肢もあることからして、集団検診では多数の写真を比較的短時間に読影することが前提となっている。
イ 集団検診における読影は、問診内容、対象者の年齢、病歴といった、当該X線写真以外の情報を前提に読影するべきとする知見はなく、これらの情報が存在しない状態で読影することが前提となっている。
ウ まず、放射線検査には被爆の問題がある。また、要精検とされた場合の心理的時間的負担の問題がある。さらに、要精検とされたものの結果的に異常なしとされる割合があまりに多ければ集団検診の信用性が失われ受験者数の減少を招来し集団検診の存在意義を没却するという問題がある。従って、ア・イで指摘した事情の下で治療を要する陰影のみを抽出し要精検と判定するには限界が存在する。

(2)本件集団検診の読影医が負う注意義務は、当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準であるところ、上記のごとき内在的制約がある以上、集団検診における胸部X線写真の読影に係る医療水準は、通常診療におけるそれに係る医療水準とはおのずと異なる。そして、そもそも集団検診における胸部X線検査の有効性については疑問も提起されていること、対象者には個別に人間ドックを受検する等他の方法により健康を管理するという選択肢も存在しうることに鑑みれば、職場の定期健康診断において、ある胸部X線写真を異常ありと指摘しなかったことが注意義務違反を構成するかどうかは、通常集団検診において行われる読影条件の下において、これを行う一般臨床医の水準をもって読影した場合に、異常ありとして指摘すべきかどうかの判断が異なり得るかをもって判断するのが相当である。

(3)本件について検討する。
ア 本件の14年写真及び15年写真については、それぞれ3つの鑑定意見がある。

14年写真15年写真
I意見書 集団検診として読影する場合、放射線科専門医であれば異常陰影を指摘することは困難ではない。放射線科専門医でなくても、集団検診で読影を担当する医師は、このような見逃されやすい位置については注意して読影することが期待されるが、限られた時間では的確に指摘できないこともあり得る集団検診として読影する場合、鎖骨、肋骨の陰影を越えて結節影が存在するため、放射線科専門医でなくても異常陰影の指摘は可能と考えられる
K意見書集団検診として読影する場合、放射線科医であれば、異常陰影を指摘することはさほど困難ではない。一般臨床医であっても、胸部単純X線写真を見慣れていれば困難ではない。集団検診として読影する場合、放射線科医であれば異常陰影の指摘は容易である。一般臨床医であっても困難ではない。陰影が明らかに鎖骨や肋骨から突出していることから、異常陰影の所見が指摘されなければならず、これを指摘しないことは見落としてあるといわざるを得ない。結節影は、鎖骨の下方にも存在していること、境界が明瞭であることから、指摘の難しい「肺尖部のかくれんぼ肺がん」であるとの考え方には疑問が残る。
M意見書いわゆる「肺尖部のかくれんぼ肺がん」であるので、職場健康診断フィルムのスクリーニングでは指摘は難しく見落としには該当しないと考える。この時点でもいわゆる「肺尖部のかくれんぼ肺がん」であると考える。職場健康診断フィルムのスクリーニングでは指摘はやや難しく見落としにするのは酷であると考える。

イ これらの意見は、各写真を単体として読影した場合の判断であり、集団検診として読影した場合の判断ではない。いずれの意見も、14年写真及び15年写真に異常陰影が存在することを予め確認したうえで、集団検診の読影と仮定し、想像を加味して判断するものである以上(そうならざるをえない)、もともと読影所見に引きずられるのは避けられないし、そのような想像を加味した判断は容易でない。まして、放射線科専門医であれば読影できるか、一般臨床医であれば読影できるかといった判断は更に想像を重ねる判断であって、困難。よって、これらの意見において、14年写真及び15年写真を集団検診として読影した場合に、両写真の異常陰影を指摘すべきとされているからといって、14年写真及び15年写真の異常陰影を指摘しなかったことが直ちに注意義務に反するものということはできない。

ウ イの点を措くとしても、異常陰影が1~3本の骨陰影と完全に重なった場所に存在することからして指摘は困難である。

エ また、H15の707枚を某大学病院呼吸器内科所属の医師5名に読影させたところ、患者の写真につき5名中2名は要精検としていない(乙号証)。

オ 以上より、14年写真及び15年写真を、集団検診において行われる読影条件の下において、一般臨床医の水準をもって読影した場合に、異常ありとして指摘すべきかどうかの判断が異なり得るといわざるを得ず、注意義務違反はない。

○H14及びH15写真につき二重読影しなかったことにつき注意義務違反があるか(消極)。
 「一般定期健康診断検査方法の手引き(平成元年12月19日人事院事務総局職員局福祉課長通知)」は、「特に40歳以上の者については肺がんを十分に考慮して読影を行い、必要に応じて二重読影、比較読影を行うことと。」と記載されているが、あくまで「必要に応じて」であるし、また、職場の定期健康診断は肺癌発見のみを目的とするものではない。
 尤も、法令上二重読影が要求されていないとしても、職場の定期健康診断は、健康管理のために遍く受検することが予定されているから、少なくとも同様の労働環境にある多くの職場において実際に二重読影が実施されているのであれば、使用者には、定期健康診断における胸部X線写真の読影に関し、二重読影態勢を整備すべきと解する余地もある。ところが、愛知県内における300床以上の65病院に対し、二重読影実施状況のアンケートを行ったところ、回答のあった49病院のうち、職場の定期健康診断を院内で行っている病院は39あり、そのうち、H15当時に二重読影を実施していたのは多くとも11(約28.2%)であるから、3分の1にも満たない。従って、二重読影態勢を整備すべき義務があったということはできない。

③ 東京地判H19.12.20 / 請求棄却 / 対策型:職域健診 / 部位:肺

◆事案◆
H10当時年齢不詳男性
職場の定期健康診断として、被告クリニックにて受検。
H9 胸部レントゲン撮影 →異常なし
H10 胸部レントゲン撮影 →異常なし
H12 咳をしたときに胸痛を覚えるようになり、検査したところ、癌の疑いが生じ、その後、複数の病院で診療を受けたが、H17に死亡。

◆争点と判断◆
○H10年に撮影されたX線写真の読影につき見落としがあったか(消極)
 当該X線写真が現存せず、当時の右肺尖部の空洞性病変の態様は不明。

④ 東京地判H18.5.24 / 請求棄却 / 対策型:住民健診 / 部位:乳房

◆事案◆
H13当時40代後半女性。
住民検診として、区から委託を受けた診療所にて受検。
H13.10.1の乳房科検診の際、痛みの主訴のみがあった。医師は、視触診のみを実施し、マンモグラフィ等を実施しなかった(H13当時、40代についてはマンモグラフィが実施項目とされていなかった)。
約8か月後しこりを自覚し、最終的に乳癌と判明した。
H16~18(訴訟係属中)に死亡。

◆争点と判断◆
○平成13年10月1日にマンモグラフィを実施するべき注意義務があったか(消極)
 集団検診は、目的と方法、評価の点において、外来受診のように、来院した個々の患者について診療を施すことを目的とし、ある症状を訴えてきた患者に対してその納得が得られるまで検査等を実施し、病気の有無を診断して治療することとは異なる。集団検診は、個々の受検者につき疾患の有無を確定診断することを目的とするものではなく、集団としての乳癌死亡率を減少させることを目的とするものであって、その目的のために、一定割合の有病者を効率よく発見しうるよう実施内容が明確に定められている。集団検診の実施者としての医師は、その内容を実施しなければならないが、その内容を実施すれば足りる。
 当時の厚生省の基準からすれば40代女性に対し一律にマンモグラフィを実施するべきとはされておらず、必要に応じて実施すべきとされているにとどまるところ、本件では、それ単独では乳癌の兆候といえない「痛み」があったにとどまるから、実施の必要がなかった。

○乳房の痛みについて経過観察等をして外来受診するよう指示説明するべき注意義務があったか(消極)
 乳房の痛みは乳癌の兆候ではないから、乳房の痛みのみが認められた当該受検者には異常所見がなかったことになる。集団検診において、無症状で異常のない受検者に対しては、受検者が特定の症状を特に気にして訴えるなどの特段の事情がない限り、医師は、経過観察をするよう指示したり、特定の検査等を受けるよう指示したりする注意義務を負わない。

⑥ 大阪地判H18.3.17 / 請求棄却 / 対策型:職域健診 / 部位:肺

◆事案◆
H11当時48歳男性。
職場の定期健康診断として、職場で受検。
H11.5 胸部X線間接撮影→精密検査の指示なし
H12.5 担当医は、血痰の主訴があったことから肺癌を疑ったが、要精検とはせず、肺癌という言葉を避けつつ胃カメラによる検査や気管支の検査を受けるように指示、勧告した。この際、個人票の「医師の診断欄」に「血痰」と記載したうえ、アンダーラインを付した。その後、胸部X線間接撮影を行い、問診・聴診とは別の医師が読影した。同医師は、精査を要すべき異常陰影なしと判断した。
H12.6 胸の圧迫感を主訴に近医を受診。
H12.9.6 胸部CTガイド下に生検が行われ肺癌と確定診断(T3N0M0、病期ⅡB)。→外科手術実施を予定。
H12.9.20 胸腔鏡検査実施。T4NxM0の病期ⅢBであることが判明したため、外科手術は行われないことになった。
H14.8 死亡

◆争点と判断◆
○平成11年胸部X線画像上、(前年度の写真と比較して)異常陰影ありとして精検指示をするべき注意義務に違反したか(消極)
 アンケート鑑定によれば、5名中、3名が異常陰影なしとし、1名が要精検とし、1名が経過観察としており、うち経過観察の1名については、肺癌を疑わせる異常所見は認められない趣旨と理解される。また、勤務先において実施される定期健康診断は、肺癌のスクリ-ニングを目的として実施されたものではない。従って、上記注意義務の違反はない。なお、定期健康診断において、読影医が通常と異なる何らかの陰影を認めたとしても、直ちに前年の写真と対比する義務はない。

○平成12年の担当医が再検査や専門医による精密検査を受けるよう指示すべき注意義務に違反したか(消極)
 H12写真については、これが定期健康診断として撮影及び読影されたものであることを考慮しても、右肺尖部に異常陰影があるものと認めて精密検査の指示をする必要があった。しかし、平成12年の健康診断で得られた情報のみでは肺癌と診断できなかった。従って、このときの担当医が指示すべき精密検査の内容は、肺癌の有無に関する検査に限定されず、他に考え得る疾患かかる精密検査も含むのであり、また、定期健康診断においては、一般的に、医師と受診者との間に信頼関係が築かれていないことを考慮すれば、精密検査の指示において肺癌の可能性があることを明示すべき注意義務までは認めることができない。

⑦ 仙台地判H18.1.26 / 認容合計7447万8634円 / 対策型:職域健診 / 部位:肺

◆概要◆
H14に実施された勤務先定期健康診断においてAの胸部レントゲン写真上に異常陰影があり、A(女性)は当時既に罹患していたが(腺癌、cT1N0M0、StageⅠA)、被告(健診業者)がAの所見を別人の検査票に記入(コンピュータ入力)した。その後、翌H15の定期健康診断を端緒に肺癌が発見されたときには既に末期に達して手術適応が失われており、手術を受けられないままH16に37歳で死亡した。 裁判所は、Aの肺癌はH14当時ⅠA期(cT1N0M0)であったところ、ⅠA期の5年生存率は72%であり、Aに外科的治療を妨げる事情はなかったのであるから、平均余命まで生存する高度の蓋然性があったと認定し、逸失利益や慰謝料など合計7447万8634円を認容した。

※過失には争いがなく、損害(その前提問題として、H14当時リンパ節転移があったか否か)が争点になった。

※被告は、リンパ節転腫脹や肺門部腫大の有無に関して、確かにチェック表にチェックがされていないけれども、真実、腫脹・腫大の所見がなかったとはいえないとし、その理由として、定期検診の読影は多数の受診者を対象とし、読影者の疲労や経験によって影響を受け、フィルムサイズが小さいので、直接撮影に比べて読影が不利であり、正常と異常の境界の設定が困難であらゆる検査につきまとう特異性と感受性の妥協点を見出すことが容易でないなどの制約と限界があると主張した
これに対し、裁判所は、そのような状況があるとしても、チェック表にリンパ節腫脹、肺門部腫大の項目がある以上、この点も読影対象であり、読影医はそれらの所見がなかったと認められると判断した。

⑧ 奈良地判H15.9.26 / 認容合計5425万5000円。控訴後和解。 / 対策型:職域健診 / 部位:肺

◆事案◆
H7当時、54歳男性。
NTT関連会社勤務。毎年、NTTの開設する大阪中央健康管理所にて職域健康診断を受けていた。ここで行われた胸部X線間接撮影は次の手順で実施された。まず、大阪中央健康管理所呼吸器科の医師が一次判定を行い、次に、同所堂島健康管理科の医師が二次判定を行い、二次判定結果がNTT関連会社の健康管理医に報告され、同医を通じて被検者に報告されるというものであった。
H6.2 胸部X線間接撮影
H7.2 胸部X線間接撮影 一次判定医は「前回と比較」と判定。二次判定医は、前年に比し陰影増大を認めず、「異常なし」と判定。真実はⅠ期にあった。
H8.3 胸部X線間接撮影 一次判定医は「前回と比較」と判定。二次判定医は、「要経過観察1年後」と判定。真実はⅡ期(早期)にあった。
H9.1頃から肩や背中に痛みを覚え、H9.3に精検の結果、手術適応なしと判断され、H9.9に死亡。

◆争点と判断◆
○H7の画像上、異常所見ありとして精検を指示するべき注意義務の違反があるか(積極)
 H6の画像とH7の画像を対照すると、1年の経過により異常所見が出現している(年度が違い、撮影条件の異なる写真でも、左右差を検討することで異常陰影を発見できる。)。被検者が癌の好発年齢にあること、肺癌死者が増加していることを併せ考慮すると、肺癌が鑑別疾患にあがるべきものであった。従って、比較読影した二次判定医には上記注意義務の違反がある。

○H8の画像上、異常所見ありとして精検を指示するべき注意義務の違反があるか(積極)
 H8の画像限りをみても銭型陰影という異常所見があり、加えて、H7の画像と対照すれば、変化は明らか(鑑定人は陰影の変化がないと判定するような医師には読影資格がないと断言。)。年齢や陰影からして、肺癌をまず鑑別すべき。従って、比較読影した二次判定医には上記注意義務の違反がある。
※被告は、一度に多数の検診をせざるをえない定期検診の限界等を主張したが、裁判所は、鑑定結果はその点を考慮に容れてのものであるから、採用できないと斥けた

○因果関係(積極)
 Ⅰ期の5年生存率は70~90%、Ⅱ期の5年生存率は40~50%であるから、H7(Ⅰ期)に精検して手術していた場合は勿論、H8(Ⅱ期の早期)に精検して手術していた場合にも、完治あるいはそこまでいかなくても長期生存することが可能であった。

○損害
 合計5425万5000円を認容。

⑪ 東京地判H13.9.12(⑩の原審) / 認容合計60万円。控訴及び付帯控訴されたが、控訴審(⑩東京高判H14.3.13)はいずれも棄却。 / 対策型:職域健診 / 部位:胃

◆事案◆
H7当時、年齢不詳(40代半ば?)女性。
H7勤務先会社(第一勧銀)が実施した胃部検診(労働者安全衛生法所定のものではなく、福利厚生の一環であったが、会社は定期健康診断として実施。)を受けた。
この検診は次の手順で行われた。即ち、ある診療所(健康診断業者)にて胃部X線検査を実施し、この診断業者が健康診断結果報告書を作成。同書上、要精検と記載された者等について、会社の健康診断管理医が独自に再度検討(再判定)を実施。再判定の結果、検査不要と考える者については、健康診断管理医が報告書を訂正し、報告。

健康診断業者の判定は次の4つに分かれ、AとBが健康診断管理医による再判定の対象であったものと理解される(報告者)。
●異常所見なし
●異常所見あるが軽微所見ゆえ精検不要 ←A
●異常所見あり精検必要
 ○過去に精検あり ←B
 ○過去に精検なし

H7の検診にて本件患者について撮影された胃部X線画像上、明らかに異常所見があり、健康診断業者は「要精検」としたが、勤務先嘱託医は再判定の結果「異常なし」と訂正して通知したため、本件患者は次年度まで精検の機会を逸し、1年遅れて胃癌が発見され胃の5分の3を切除。
原告は、見落とした医師に対して不法行為責任に基づき、また、勤務先会社に対して債務不履行責任(雇用契約安全配慮義務違反)又は不法行為責任(使用者責任)に基づき、精神的損害の賠償を求めた。

◆争点と判断◆
○嘱託医(健康診断管理医)の不法行為責任(積極)
→健康診断管理医はレントゲンフィルムの正確な読影をする義務を負うところ、「病変の存在を疑わせる陰影があり、精密検査の必要が明らかであったにもかかわらず、何らかの原因により、誤って精密検査不要と判断したこと」は当事者間に争いがないから、同義務違反がある。

○勤務先会社に(雇用契約上の信義則に基づく)安全配慮義務の違反があるか(消極)
→再判定が不合理か
一般に胃部検診には過剰診療の傾向があるところ、本件の再判定は、被検者に無用な不安や苦痛を与えることを避ける趣旨で、病変はあれど治療の必要がないものについて精検の対象から除外したのであり、これは合理的。また、再判定は、(原告が主張するように)健康診断業者が要精検とした者についてのみ行われていたものではなく、健康診断業者が軽微所見ゆえ生検不要とした者のうち、過去に精検をしたことがあるものについても行われていたのであるから、まさに慎重に判断する目的であり、これも合理的。

→健康診断管理医の担当人数が過重か
本件の健康診断管理医はH7年度に246人の再判定を行っているが、会社として充実した人的体制にあったこと、同人が胃の診察について相当程度の技術と経験を有することからして、問題ない。

→安全配慮義務違反はない。

○損害(積極)
→原告は、H7に精検をしていれば手術をせずに済んだ可能性が高いとして精神的損害を主張する。しかし、原告の胃癌は陥凹型病変に属するところ、陥凹型病変の除去は癌の取りこぼしを防ぐため内視鏡ではなく開腹にて行うとするのが一般的である。また、胃の切除範囲は病変の大小ではなく部位で決まるところ、原告の病変部位はH7もH8も異ならない。従って、手術をせずに済んだ可能性が高いとはいえない。

→原告は、H7に精検をしていれば後遺症も軽く再発リスクも低く済んだとして精神的損害を主張する。しかし、H8時点で初期段階の早期癌であったことからして、H7時点では胃癌に罹患していたか、罹患していたとして発見可能な程度に成長していたかは不明である。従って、H7に精検をしたとしても胃癌を発見できたとは認められない。仮に発見できたとしても、原告の胃癌は中等度分化型の管状腺癌であり進行速度は緩やかであるところ、浸潤の深さが粘膜下層に止まり、リンパ節転移もなく、肝臓や腹膜への転移、遠隔転移等も発見されていないのであるから、後遺症や再発リスクが異なったとは認められない。

→とはいえ、適時に適切な検査・診療を受ける機会を喪失させ、精神的苦痛を与えたのは確かである。慰謝料60万円が相当。

◆その後◆
 患者は控訴し、医師は附帯控訴したが、いずれも棄却(⑩東京高判H14.3.13)。

⑯ 横浜地判H9.3.26 / 請求棄却 / 対策型:住民健診 / 部位:乳房

◆事案◆
H2当時67歳女性。
H2.7.6 住民検診として、市から委託を受けた協会にて受検。問診、視診、触診を実施し異常なしと判断。
その後、H2.12に疼痛を覚え、H3.1に受診したところ腫瘤を触知し、マンモグラフィ及びエコーの結果、乳癌(Ⅲ期)と診断され、同月中に切除+リンパ節郭清を実施。
その後、肝転移し、H4.4死亡。

◆争点と判断◆
○1cm以上の腫瘤を触知する場合には要精査と診断すべきところこれを怠った過失があるか(消極)
 乳癌の集団検診は、一定の疾病を疑って行う一般の臨床的診療(診察)における行為とは異なり、一定の地域又は職域の多数の者を対象として健康保持のための保健事業として実施されるものであって、必然的に短時間の間に多数の受診者を検診しなければならない性質を持ち、かつ、統計的に視診及び触診の精度には絶対的な信頼を置くことができず、現実に乳癌を見落とす誤診例があるというのであるから、これらの事実を考慮すれば、本件検診において担当医が径約1センチメートルの異常所見を見落としたとしても、直ちに過失とまでは評価できない。
 尤も、乳癌集団検診の目的は、早期に乳癌を発見し死亡率を低下させる点にあるから、検診担当医はこの目的に即した注意義務を負う。但し、集団検診の実態(感度・特異度、再現性、安全性、経済性の点におけるそれ)からして、その注意義務の程度は高度のものではない。
 本件検診の担当医2名は、検診当日午前10時から午後2時30分までの間、合計144名の受診者を診察し、その結果、受診者一人当たりの検診時間は平均約3分未満という短時間であったから、このような検診態度の是非は別に置くとして、このような状況下で見落したがあったとしても過失と評価することはできない。

⑰ 仙台地判H8.12.16 / 請求棄却 / 対策型:住民健診 / 部位:肺

◆事案◆
S63当時年齢不詳女性
住民検診として、市から受託した財団法人結核予防会が実施。
S63 胸部レントゲン撮影(間接撮影) 異常所見なしと判断
H1 胸部レントゲン撮影(間接撮影) 異常所見なしと判断
H2 健康診断にて胸部レントゲン撮影をしたところ異常所見認める
   精査の結果、末期の原発性肺癌と診断
H3 肺癌により死亡

◆争点と判断◆
○前提(胸部レントゲンの集団検診の制約と限界)
 集団検診においては、多数の胸部間接フィルムを、短時間に流れ作業的に読影するのが普通であり、読影者の疲労や経験による影響を受けることは否定し得ない。被告の依頼する読影担当の医師も一時間で約四〇〇枚の胸部間接フィルムを流れ作業的に読影していた。また、透過性が悪いとか、撮影方向が斜位であるとかいった撮影条件に問題があるケースにおいても一般には撮り直しができず、与えられたフィルムを読影するしかない。さらに胸部間接フィルムの読影は、数字で示される臨床検査と異なり、正常範囲に極めてばらつきのある、正常と異常の境界の設定が困難な検査である点も指摘されなければならない。
 集団検診には、特異性(治療を要する病変のみを発見すること)と感受性(治療を要する病変を見落とさないこと)の妥協点を如何にして見出すかの問題がある。すなわち、感受性を上げるためには骨陰影の重なりや肋軟骨部石灰化、陳旧性病巣の変化などが疑われる陰影までもすべて要再検とする必要があるが、その結果は特異性が下がり無用に再検査を受ける必要がある人を増やすこととなり、再検査受診者には多大な精神的・時間的負担等をかけるとともに、再検査の結果異常でない者の割合が増えて、集団検診に対する信頼が低下し、受検率の低下を招いて、集団検診を行う意味がなくなるおそれが生じる。その反面、特異性を上げるために明らかに異常と思われる者だけを要再検とすると、感受性が下がり、再検査と治療を要する人を見逃す可能性が大きくなる。このように、現実の集団検診においては特異性と感受性をともに一〇〇パーセントとすることは難しい状況にある。右の特異性と感受性の均衡を図るために、通常は肺癌検診で要再検とされる者は数パーセント程度とされている。
 再検査に先立つ比較読影の段階についても、これを行うには多大な時間と労力を必要とするものであって、これに付する割合を増やすことは、集団検診における財政負担の増大をもたらす結果となるから、できる限りこれを抑える必要がある(昭和五七年度から昭和六〇年度までの宮城県肺癌集団検診では、受診者のうち要比較読影とされた割合は5.5パーセントである。乙第二四号証)。
 集団検診におけるフィルム読影においては、問診ができず、年齢、病歴等の受診者に関する参考資料もない状態で、当該レントゲンフィルムの読影のみで正常か異常かを判断しなければならず、また、当初から比較読影を行うことは集団検診の時間的・経済的制約から望むことはできない。こうしたことから、胸部における初期の病変、特に骨と骨とに重なった陰影の正確な発見は時に極めて困難で、レントゲンフィルムの読影の限界とも考えられる(滝沢鑑定)。
 以上のような困難があるため、集団検診における肺癌の発見には限界があり、肺癌が判明した患者について、前年の検診で撮影された間接写真を遡及的に検討すると、これに既に腫瘍陰影が出現しているとされた症例が全体の六〇パーセントから七八パーセントにのぼること、しかしながら、その時点での識別は困難であったとされる症例が全体の四十数パーセントを占めることが、多くの文献で報告されている(甲第一五号証、乙第一号証ないし第八号証)。したがって、検診結果の確実性はその程度に止まるのが現状であって、集団的な健康水準の維持からは有効な方法であるけれども、個別的な肺癌の発見方法としては完全とはいえないものであり、受診者も肺癌検診はこのようなものであることを予期すべきものである

○S63写真について異常陰影を指摘しなかったことに過失があるか(消極)
 鑑定によれば、左上肺野に小陰影の存在が疑われるものの、小さく、位置は第一肋骨全面と第五肋骨後面にほぼ重なり、左上葉の血管影にも一部重なっている。上記の集団検診の特殊性に鑑みると、これを異常陰影と指摘することは困難であった。

○H1写真について異常陰影を指摘しなかったことに過失があるか(消極)
 上記の集団検診の特殊性からすれば、集団検診の読影医に課せられる注意義務は、一定の疾患があると疑われる患者について、具体的な疾患を発見するために行われる精密検査の際に医師に要求される注意義務とは、自ずから異なるというべきであって、前者については、通常の集団検診における感度、特異度及び正確度を前提として読影判断した場合に、当該陰影を異常と認めないことに医学的な根拠がなく、これを異常と認めるべきことにつき読影する医師によって判断に差異が生ずる余地がないものは、異常陰影として比較読影に回し、再読影して再検査に付するかどうかを検討すべき注意義務があるけれども、これに該当しないものを異常陰影として比較読影に回すかどうかは、読影を担当した医師の判断に委ねられており、それをしなかったからといって直ちに読影判断につき過失があったとはいえないものと解するのが相当である。
 骨に重なった場合の読影が困難とされていることからすると、H1写真の陰影を異常と認めないことに医学的な根拠がないとはいえず、読影医によって判断に際が生じる余地がある。なお、H1写真につき比較読影を行うか要再検とすべきとする鑑定意見もあるが、鑑定では、集団検診における場合と異なり、読影前から鑑定するフィルムに肺癌が疑われる陰影が写っていることが解っており、年度の違うフィルムを同時に比較対照でき、鑑定対象以外を見る必要がなく、時間をかけて見ることができるのであるから、同意見については俄かに採用できない。

⑱ 東京地判H7.11.30(⑮の原審) / 請求棄却 /
⑮ 東京高判H10.2.26(⑱の控訴審) / 対策型:職域健診 / 部位:肺

◆事案◆
S60当時31歳女性
社内定期健康診断として、東京海上社内の診療所(開設主体は東京海上とは別の医療法人財団)にて受検。
S60 胸部レントゲン撮影 →異常なしと診断
S61 胸部レントゲン撮影 →異常なしと診断
S62.6.17 胸部レントゲン撮影 →要精検とせず 胸痛及び息苦しさの主訴
S62.6中旬頃 咳及び痰が出て痰の一部に血の混じることがあった
S62.7.14 胸部レントゲン撮影 →経過観察
S62.7.27 糖尿病の診断。湿性咳嗽の主訴。
S62.8.13 入院
S62.11.20 肺癌による呼吸不全により死亡

◆争点と判断◆
○S60レントゲン写真上、異常陰影を指摘すべき注意義務があったか(消極)
 異常陰影がない。

○S61レントゲン写真上、異常陰影を指摘すべき注意義務があったか(消極)
 右下肺野内側寄り第九後肋骨に重なるところに、境界不鮮明なやや高濃度の異常陰影の存在が認められる。この異常陰影の発見が可能であったかどうかについて検討すると、右異常陰影の存在する部位は、他の臓器等の背景からこの部位の正常以外のものの陰影が指摘しにくい部位であること等の理由から、右レントゲン写真については、間接フィルム読影に熟練したものでも「異常なし」とする可能性があり、右レントゲン写真が、定期健康診断において撮影され他の数百枚のレントゲン写真と同一の機会に、当該被検者に関するなんらの予備知識なく読影された場合、当時の一般臨床医の医療水準を前提にすれば、右異常を発見できない可能性の方が高いと認められる。
 そして、定期健康診断は、一定の病気の発見を目的とする検診や何らかの疾患があると推認される患者について具体的な疾病を発見するために行われる精密検査とは異なり、企業等に所属する多数の者を対象にして異常の有無を確認するために実施されるものであり、したがって、そこにおいて撮影された大量のレントゲン写真を短時間に読影するものであることを考慮すれば、その中から異常の有無を識別するために医師に課せられる注意義務の程度にはおのずと限界があるというべきである。
 従って、「異常なし」と診断したことに、過失を認めることはできない。

○S62.6レントゲン写真上異常陰影があるとして精検を指示すべき注意義務があったか(消極)
 S62.6写真には、まず、右下肺野、縦隔寄りに小鶏卵大の八ツ頭状、心陰影第二弓と一部重なった、辺縁が比較的シャープな腫瘤様陰影が認められる。その上縁は第七後肋骨、下縁は第九後肋骨上部に達し、中心部に小指頭大の密度の濃い部分を包含するものである。そして、右第五肋骨付近の縦隔がなだらかに右方に突出している異常陰影の存在、右横隔膜の上縁が第九肋骨の上方にまで挙上していること、心陰影のシルエットサイン(心陰影第二弓の部位に接するか重なるもので、心陰影の密度に近いものが存在する場合心外縁は明瞭さを欠くことになるが、この現象をいう。)の存在も認められる。更に、右異常陰影から想定される疾患としては、肺癌、肺結核、肺炎及び胸部良性腫瘍であることが認められる。
 そして、問診表による前記の諸情報を前提に、右レントゲン写真を読影した場合には、当時の一般臨床医の医療水準を前提として考えた場合、右下肺野の異常陰影には気づいて、要精査とすべきであることが認められる。

○因果関係ある損害
 昭和六二年六月ないし七月の時点でのまゆみの肺癌は、病期ステージⅢa以上に該当するものと推定され、手術が可能であったとしても三〇パーセント以下の五年生存率となり、リンパ節転移の状況によっては更に延命は困難であり、手術不能の場合、最高の治療を行ったとしても五〇パーセント生存期間を一年まで延命することは困難であること、遠隔転移が認められればⅣ期症例となりそれ以上に延命は困難であることが認められる。そして、昭和六二年六月ないし七月の時点でまゆみの肺癌がリンパ節に転移していなかったとは断定できず、かえって、たとえ同年六月ないし七月の時点で肺癌の疑いが認められたとしても、まゆみの予後に大差はなかったであろうことが窺われ、その時点で適切な処置をしていれば、現実の転帰に比べて相当期間(原告らの主張によれば最悪でも半年)の延命利益をもたらしたであろうと推認できる事情は見当たらない。そうすると、前記過失により適切な処置がとられなかったために、まゆみの死亡時期を延ばすことができなかったという意味で、右過失と延命利益の喪失との間に相当因果関係があるとは認められない。
 原告らは、そもそも医師は医療水準の如何にかかわらず緻密でかつ真摯かつ誠実な医療を尽くすべき注意義務を負っており、右義務に違反して粗雑・杜撰で不誠実な医療をしたときには、医師のその作為・不作為と患者に生じた結果との因果関係を問うことなく、医師はその不誠実な医療自体につき、これによって患者側に与えた精神的苦痛の慰謝に任ずる責があると主張する。
 しかし、医師の作為・不作為(過失)と患者に生じた結果との間に相当因果関係が認められない以上、当該過失によって損害が発生したとはいえない理であって、この場合にまで損害賠償責任を肯定することは困難であると解せられる。
 したがって、原告らの主張する不誠実な医療自体についての慰謝料という考え方は、採用の限りではない。

◆その後◆
⑮東京高判H10.2.26
 患者遺族が控訴したが、控訴棄却。

⑲ 富山地判H6.6.1 / 認容合計440万円 / 対策型:職域健診 / 部位:肺

◆事案◆
S62当時54歳男性
職場の定期健康診断として、職場に派遣された検診車内で受検。
S61 胸部X線撮影 右肺上部に空洞を伴う陰影を認める
S62.4.21 胸部X線間接撮影 読影医は、右肺上部に空洞を伴う陰影を認めたが、前年度のものと比較したうえ変化がなく形態も悪性を示していないと判断し、精検不要とした。
S63.6.7 胸部X線間接撮影 右肺上部に陰影を認め、S62からの変化を認めたため、直接撮影を指示。
S63.6.8 胸部X線直接撮影 →要精検と判断
S63.11.4 胃健診
H1.3.23 胸部X線検査にて右肺上部に異常あり
H1.6.14 右肺切除
H2.10.4 死亡

◆争点と判断◆
○S62の異常陰影について、S61の陰影と比較読影し、陰影に変化がないとして精検指示をしなかったことに過失があるか(積極)
 確かに、定期健康診断においては、短時間に大量の間接撮影フィルムを読影するものであるから、その中から異常の有無を識別するために医師に課せられる注意義務の程度にはおのずと限界があり、鑑定人小中が供述するように、昭和六二年度定期健康診断時に撮影されたエックス線間接撮影フィルムにおける陰影は、短時間の読影では見逃されるおそれがあることも否定できないところ、右読影の過程において本件異常陰影を発見しフィルムの比較読影を試みた永井医師の判断は、一面において要求される水準を十分に満たすものであつたと認められる。
 しかしながら、永井医師が本件異常陰影を発見し、一度は精密検査が必要と考え、松男のフィルムにつき前年度のものと比較読影して右陰影につき医学的判断を下す段階においては、前記のように大量のフィルムを読影するという状況ではなく、認識した個別の検査結果の異状の存在を前提に一般的に医師に要求される注意を払って判断しなければならないものと考えられる。
 そして、前述のとおり鑑定の結果によれば、本件異常陰影が前年度の陰影と対比して客観的に変化しているのであるから陰影の変化の有無という判断自体には裁量の余地はないものと認められ、永井医師は右判断において要求される注意義務を怠ったものといわざるを得ない。
 また、定期健康診断は、病気の有無を診断し、職場において必要な措置を行うことを目的とするものであるから、本件のように肺癌の可能性が少なく結核性の炎症が最も疑われる場合であっても、前年度と比較して陰影に変化がある以上、そのまま放置して翌年の定期健康診断まで様子をみることで足りるか否かを判断する前提として、精密検査を通じて陰影の原因を調査すべきであつた。
 従って、過失がある。

○S63に要精検の連絡を怠った過失があるか(消極)
 (略)

○因果関係
 S62当時T1であり、リンパ節転移がなければ手術後5年生存率は80%であったが、リンパ節転移がなかったと認めるに足りる証拠はない。従って、S62の過失がなければ治癒しえたとは認められない。尤も、早期に治療を開始していれば延命の可能性は高まるから、S62の過失がなければ肺癌の進行をより遅らせることができた。

○損害
 +早期発見、治療の機会を奪われた
 +定年を間近に控えた時期に死期を早められた
 +職場での定期健康診断に期待していた
 -30~40本/1日の喫煙をしていた
 -S63に再検査を指示されながら怠った
 ・過失態様
 →慰謝料は400万円。

4 全体的考察

(1)認容と棄却

 これら11例の帰趨をみると、②全部棄却、③全部棄却、④全部棄却、⑥全部棄却、⑦7447万8634円認容、⑧5425万5000円認容、⑪(⑩)60万円認容、⑯全部棄却、⑰全部棄却、⑱(⑮)全部棄却、⑲440万円認容である。つまり、11例中、7例が全部棄却、4例が一部認容であり、約36%が認容例である。棄却例の多さが目立つ。
 認容例4例のうち、2例(⑦、⑧)は数千万円と高額であるが、残る2例(⑪(⑩)、⑲)は数百万円にとどまる低額なものである。注意しなければならないのは、⑦が人の取り違えという落ち度が明白な過失であるという点であり、この点において他の例とは異質であるとみざるをえない。そのようにみると、結局、高額な認容例は⑧のみということになり、棄却傾向が強いとみてよいだろう。  なお、個別的分析を行わなかった任意型7例の帰趨を列記すると、①全部棄却、⑤450万円認容、⑨440万円認容、⑫全部棄却、⑭(⑬)全部棄却、⑳7095万8044円認容、㉑500万円認容である。つまり、7例中、3例が全部棄却、4例が一部認容であり、約57%が認容例である。

(2)棄却に導く理由

 上記2にて個別に分析したところから既に明らかであるが、裁判所が対策型検診の例を棄却に導く際に理由として多用しているものを改めて列記すると、次のとおりである。

A 制度の目的

 集団検診の目的は、集団としての死亡率を減少させることである。個々の受検者につき疾患の有無を診断し健康維持を図ることを目的とするものではない。スクリーニングを目的とするものでもない。

B 費用や社会的資源の制約

 膨大な被検者を対象とする集団検診に投入しうる費用や社会的資源は無制限ではない

C 放射線科医か一般臨床医か

 放射線科医ではなく、一般臨床医を基準にするべき。

D 代替手段の存在

 人間ドックを受検するなど他の方法により健康管理する選択肢もある

E 感度と特異度

 感受性を上げるためには広く要再検とする必要があるが、その結果は特異性が下がり無用に再検査を受ける必要がある人を増やすこととなり、再検査受診者には多大な精神的・時間的負担等(被爆の負担も含む)をかけるとともに、再検査の結果異常でない者の割合が増えて、集団検診に対する信頼が低下し、受検率の低下を招いて、集団検診を行う意味がなくなるおそれが生じる。その反面、特異性を上げるために限定的に要再検とすると、感受性が下がり、再検査と治療を要する人を見逃す可能性が大きくなる。このように、現実の集団検診においては特異性と感受性をともに一〇〇パーセントとすることは難しい状況にある。特異性と感受性の均衡を図るために、通常は肺癌検診で要再検とされる者は数パーセント程度とされている。

F 集団検診における読影条件

・集団検診では多数の写真を比較的短時間に読影することが前提となっている。
・読影者の疲労や経験による影響を受けることは否定し得ない。
・集団検診における読影は、問診内容、対象者の年齢、病歴といった、当該X線写真以外の情報を前提に読影するべきとする知見はなく、これらの情報が存在しない状態で読影することが前提となっている。
・撮影条件に問題があるケースにおいても一般には撮り直しができず、与えられたフィルムを読影するしかない。

G 鑑定の読影条件

・異常陰影が存在することを予め確認したうえで、集団検診の読影と仮定し、想像を加味して判断するものである以上(そうならざるをえない)、もともと読影所見に引きずられるのは避けられないし、そのような想像を加味した判断は容易でない。
・放射線科専門医であれば読影できるか、一般臨床医であれば読影できるかといった判断は更に想像を重ねる判断であって、困難。

H 医師と受診者の信頼関係

 定期健康診断においては、一般的に、医師と受診者との間に信頼関係が築かれていない。
 以上A~Hの諸点を敢えて一言でまとめれば、「制度の内在的制約」ということになろう。

(3)雑感

 裁判例⑰は、次のように判示する。即ち、「集団検診における肺癌の発見には限界があり、肺癌が判明した患者について、前年の検診で撮影された間接写真を遡及的に検討すると、これに既に腫瘍陰影が出現しているとされた症例が全体の六〇パーセントから七八パーセントにのぼること、しかしながら、その時点での識別は困難であったとされる症例が全体の四十数パーセントを占めることが、多くの文献で報告されている(甲第一五号証、乙第一号証ないし第八号証)。したがって、検診結果の確実性はその程度に止まるのが現状であって、集団的な健康水準の維持からは有効な方法であるけれども、個別的な肺癌の発見方法としては完全とはいえないものであり、受診者も肺癌検診はこのようなものであることを予期すべきものである。」、と。
 また、加茂紀久男・最判解民事篇〔昭和57年度〕337頁も、集団的に実施される健康診断について、「受診者も健診の結果に十分な確実性がないことを予期すべきであるから、罹患を看過された場合でも、そのために病気の発見が遅れたとして直ちに損害賠償を請求できるかはかなり問題であろう」と指摘する。
 なるほど、対策型検診に「制度の内在的制約」があるのは仕方ない。しかしながら、果たして、受検者は「見落されてやむをえないのが対策型検診である」と理解した上で受検しているだろうか。理解していない受検者が殆どではなかろうか。対策型検診の限界や現状については、より一層、周知が図られてよいものと思われる。