1 序

 サージセル1という止血剤がある。これは、木材パルプから得られたセルロース繊維を酸化処理した止血剤であり、手術時の止血に汎用されている。見た目や触り心地は、綿のようなものである。

 サージセルは、血液等を吸収して膨潤し止血作用を発揮するものであるため、これを脊髄周辺に留置すると脊髄を損傷する危険性がある。それゆえ、添付文書上は、脊髄周辺での使用が禁忌とされている。ところが、実臨床上は、厳重な注意の下に脊髄周辺に用いることがある。

 当職が受任し処理を行っている事件のなかに、胸部脊髄外科手術時にサージセルを脊髄周辺に漫然と多量に留置したために脊髄損傷を惹き起こしたというものがある。

 そこで、今回は、脊髄外科手術における止血法についてサージセルを中心に紹介したい。

2 サージセルとは何か

(1)効能、用法

 サージセルは、酸化セルロース製の可吸収性止血剤であり、各種手術時の止血補助に用いられる(サージセル添付文書1頁)。

(2)作用機序

 サージセルは、血液が浸潤することによって膨張し、ゼラチン状の塊となって凝血物の形成を促進し、局所出血の止血補助剤としての効果を発揮する。生理学的血液凝固機序に対する作用というより、物理的な作用である(サージセル添付文書2頁)。

 サージセルは、「4~5倍の重さの水を吸収する。」(サージセル・インタビューフォーム3頁)。

3 サージセル使用上の注意

 サージセルの添付文書1頁によれば、「骨孔の周り、骨の境界、脊髄周辺、視神経や視束交叉の周囲への留置」は禁忌であり、また、「骨折面又は椎弓切除創への留置」も禁忌である。

 そして、同添付文書は、「用法及び用量に関連する使用上の注意」として、サージセルは「骨孔の周り、骨の境界、椎弓切除創、脊髄周辺……での止血補助」に用いるが、これらの「部位へ留置した場合、本剤の膨潤による圧迫に伴う神経症状(麻痺……等)を起こすことがある」ため、「止血が達成された後、本剤を取り除くこと」と明記する(サージセル添付文書1頁)。また、サージセルは「肺葉切除……での止血補助」に用いるが、この「部位へ留置した場合、本剤の一部が脊髄周辺……の骨孔へ移動し、圧迫に伴う神経症状を起こすことがある」ため、「止血が達成された後、本剤を取り除くこと」と明記する(サージセル添付文書1頁)。

 さらに、添付文書は、「適用上の注意」として、「膨潤による圧迫が正常な機能を妨げる可能性があるので、創腔又は組織の間隙に使用する場合には、詰めすぎないように注意すること。」と明記する(サージセル添付文書1頁)。

4 脊髄外科医の意見

(1)止血法一般論(サージセル使用は補充的に行うべし)

 脊髄周辺に操作を加える手術の際の止血法に関して、ある高名な脊髄外科医は次のようにいう。

 止血の基本は、まず出血点を明らかにすることである。そのうえで、動脈であれば、結紮又は凝固する。

 他方、静脈であれば、バイポーラー(bipolar coagulator 双極凝固器)2による凝固を微細に行う。ただ、例えば脊柱管内の静脈叢からの出血の場合などには、バイポーラーによる凝固では十分に止血できないときがあり、そのようなときにはサージセルやアビテン3を注意深く用いることがある。バイポーラーによりできるだけ凝固した後に、サージセルやアビテンを使用し、コトノイド綿(脳外科や脊髄外科において脳や脊髄の愛護的操作に使用される非吸収性の小さな綿)で軽く圧迫し、止血を待つ。少量のサージセルを留置することはある

 なお、バイポーラーとモノポーラー45の使い分けについて解説すると、脳神経外科でも脊髄外科でも、骨組織の剥離や止血にはモノポーラーを使用する。軟部組織や脳・脊髄・神経・硬膜の周辺の止血にはバイポーラーを使用する。一般的に言って、バイポーラーの方が微細な止血が可能である。

(2)サージセル使用時の注意

 このように、同医師は、臨床においては添付文書の記載に反して止血のためサージセルを脊髄周辺に使用する場合があるとしつつも、脊髄損傷の危険性があることに鑑み、サージセル使用にあたっては次の点に注意すべきであるとする。

⑴ 凝固で足りない場合に考慮

 脊髄周辺へのサージセルの留置は、脊髄損傷の危険を伴うことから、バイポーラーによる凝固では十分に止血できない場合に初めて考慮するべきである。

⑵ 量

 サージセルを留置するとしても、脊髄や神経根を圧迫しない程度の少量にとどめる必要がある。留置量が過量になれば、脊髄や神経根を圧迫損傷する危険性が高まるからである。

 なお、サージセルには、綿型、ガーゼ型、ニューニットの3つの剤形6があるが(サージセル添付文書参照)、胸部外科においては、胸壁にはニューニットを使用し、止血には綿型やガーゼ型を使用するであろう。脳神経外科においては、止血の目的で主に綿型を少量使用し、ガーゼ型を小さく切って使用する。

⑶ 顕微鏡又は拡大鏡

 我々脳神経外科医は、脊椎・脊髄手術においても全例について顕微鏡下で手術を行う。術中、止血のためにサージセルを使用する場合には、脊髄や神経根の圧迫損傷を避けるため、注意深く微細な操作を行う。具体的には、顕微鏡下に、脳・脊髄・神経・硬膜などの神経組織の拡大像を直視下で確認しつつ、必要最小限の量を使用する。

 胸部外科医であっても、少なくとも拡大鏡下で操作することが強く推奨される。裸眼下での操作は、サージセルの留置量が過量に亘りがちであり、危険である

 直視できない箇所への留置が極めて危険であることはいうまでもない。

⑷ 部位

……(椎間孔周辺)は、解剖学的に椎間孔に連なっており、椎間孔は直視不可能な脊柱管と連なっている。そして、脊柱管内には脊髄があり、神経根や動脈静脈が存在している。胸部外科医であっても当然この周辺の外科的解剖を熟知しているべきである。

 サージセルの止血効果は、血液が浸潤しサージセルが膨張することによる物理的なものであるから(添付文書2頁参照)、上記のような解剖学的構造にある椎間孔周辺にサージセルを留置すれば、留置したサージセルが膨張して脊柱管内に迷入し、内部の脊髄を圧迫損傷する危険性が高い。

 従って、椎間孔周辺への留置には最大限の注意が必要である。

要するに、拡大鏡すら用いず直視不可能な脊柱管周辺に多量にサージセルを詰め込むという操作は、全くあり得ないことである。

 また、別の脊髄外科医も、大要、次のように述べる。

 すなわち、脊髄周辺に操作を加える手術に関して最も避けなければならないのは、手術器具などによる圧迫によって脊髄を損傷することである。脊髄への圧迫などが生じないように、術後に体内に残すサージセルはごく少量にとどめる必要がある。特に、骨や硬膜などの硬い構造物で周囲が囲まれている状況においてサージセルを留置した場合には、脊髄を圧迫し損傷する危険性が高いため、閉創する前に、止血を確認し、サージセルを可能な限り除去する必要がある

http://www.jjwm.jp/surgicel/about/index.html
2 バイポーラーについて
高周波発生装置における電極端子が2系統になっているものをいう。内視鏡では体表面に陰極(アース端子)を装着し、両極を処置端子としている(「医学大辞典第2版」(医学書院、2009)・バイポーラ)。
3 アビテン(アビテン)は、結紮又は通常の処置による止血が無効、又は実施できない場合に用いる吸収性の止血剤である(アビテン添付文書)。
4 モノポーラーについて
高周波装置において陽極と陰極の両方を1本の端子に封埋したものである。これにより両電極間にのみ高周波が流れる。止血、凝固、切開などに適する(「医学大辞典第2版」(医学書院、2009)・モノポーラ)。
5 バイポーラーとモノポーラーの用法、作用について、
http://www.j-mednext.co.jp/library/knife_faq_safe_ans.html#ans05を参照。
6 剤形につき、http://www.jjwm.jp/surgicel/products/index.htmlを参照。