<仙台地判平成24年5月7日>

1 過失(第3回診察時)

・第3回目診察時の超音波検査画像によれば、本件患者の左乳房外側中央部の乳腺嚢胞の数は少なくとも五、六個であり、同年4月4日の超音波検査画像と比較しても、増加している上、嚢胞の分布状況についても、第2回診察時の画像では数個の嚢胞が散在しているにとどまっていたが、第3回診察時の画像では、1か所ないし複数部位にわたって集中している(図面上、赤線で囲まれている各嚢胞が第2回診察時の画像よりも互いに近接するとともに、一つ一つの囲みの内側に第2回診察時に見られた規模の小嚢胞が複数見られる)ことが認められるので、多発小嚢胞が集簇した状態であるということができる。

・乳房超音波診断ガイドラインにおいても、局所性、集簇性の低エコー域が見られた場合には細胞診検査を含む精査が必要であるとされていることに加え、

・閉経後の女性である本件患者の乳腺嚢胞が第1回診察(平成17年6月6日)以降、第2回診察(平成18年4月4日)を経て、第3回診察(同年8月7日)時点でも存続していることを踏まえると、

  ↓

第3回診察の時点では、当初の乳腺症との診断に相当程度疑義が生じていたというべきであり、本件患者の乳腺嚢胞が悪性であることを疑って、細胞診検査により乳癌か否かの診断を行い、その結果を踏まえて更に適切な医療措置を講じていくべきであったといえるから、これを怠った被告には、本件患者に対する細胞診検査を行うべき注意義務に違反し、乳癌の進行を回避するために必要な措置を怠った過失がある。

2 因果関係

・平成18年12月時点における本件患者の乳癌のステージはⅡBであり、ホルモンレセプター(ER及びPgR)は陰性、HER2は強陽性(3+)、Ki67は高値(30%)であった。

・一般に、癌の予後因子としては、患者の状態のほか、進行度、悪性度が挙げられるところ、HER2の過剰発現例では、病状の急速な進行や生存期間の短縮が見られるなど予後が不良であるとされている。

・乳癌は、一般的に発症から顕在化してくるまで10年近く要すると考えられており、通常長い経過で徐々に成長、進展、転移していくため、数か月から1年程度、発見と治療の開始が早まったとしても治療成績に大きな差はないと考えられている。乳癌の成長速度については、Tumor doubling time(腫瘍が2倍の大きさになるまでの時間を指す。以下「腫瘍倍加時間」という。)を基に検討するのが一般的であり、国内における乳癌の症例では、腫瘍倍加時間の中央値は174日(乳頭腺管癌では252日)とされているものの、症例によりかなり幅があるとされている。

・鑑定人は、第3回診察の時点で本件患者の乳癌を発見して治療を開始した場合であっても、本件患者の乳癌の根治(治癒)可能性は、実際の治療経過におけるのと同等であるとした上で、上記場合における本件患者の生存可能性(5年生存率、10年生存率)については、推定できないとの意見を述べている。

・ホルモンレセプター(ER、PgR)陰性の乳癌については、比較的副作用が少ないとされるホルモン療法の適応がなく、トラスツズマブ投与と化学療法の併用により治療することが標準的治療方法となるところ、同治療方法によれば、一定の奏功率(治療を受けた患者のうち、癌の大きさが半分以下になり、その状態が1か月以上続いた患者の比率のこと)を得られるとされている反面、心不全等の重篤な心障害、アナフィラキシー様症状(呼吸困難、喘息等)、白血球減少等の副作用があり、副作用が現れた場合には治療を中止しなければならないとされている。

↓これらの事実等を基に検討するに、

本件患者について、第3回診察時には、細胞診検査を実施すべき所見は見られたものの、明らかに悪性の乳癌を示す所見までは認められず、乳癌が一般的には徐々に成長、進展、転移していくこと、乳癌の治療成績も、一般的には治療開始時期が1年程度早まった場合でも大差がないとされていることに加え、本件患者の乳癌については、第3回診察時に治療を開始したとしても根治(治癒)可能性は、実際の治療経過におけるのと同等であること、抗癌剤による治療は副作用が現れた場合には中断しなければならないところ、本件患者も実際に副作用の出現により治療を中断した結果、肺転移が増大していることに鑑みれば、そもそも、第3回診察の時点において、細胞診検査を実施したとしても、本件患者の乳癌を治療して死亡の結果を回避することができた高度の蓋然性があったとは認め難い。

 ↓もっとも、

第3回診察(平成18年8月7日)から本件患者の死亡(平成22年4月15日)までに3年8か月余が経過しているところ、上記のとおり、本件患者について、第3回診察時に乳癌の治療を開始した場合の5年生存率ないし10年生存率も不明であるとされていること、第3回診察の時点では明らかな乳癌の所見は認められていなかったにもかかわらず、同時点から約4か月後の平成18年12月時点では既に悪性度の高い乳癌に進展しており、本件患者の乳癌の腫瘍倍加時間は比較的短期間であった可能性が認められる一方、本件患者についてはホルモン療法の適応はないものの、トラスツズマブと化学療法の併用によって一定の奏功率を得られるとされていることを併せ考慮すると、第3回診察の時点で本件患者に対する細胞診検査を行い、乳癌の治療を開始していたならば、本件患者が、その死亡時においてなお生存していた相当程度の可能性はあったものと認められる。

以上

弁護士 池田 実佐子