弁護士  池田実佐子

東京地裁
平成5年8月30日

 

1 「子宮外妊娠」とは、

妊卵が正常の着床部位である子宮体部腔以外の部位に着床したものを総称し、妊卵の着床部位によって、卵管妊娠、卵巣妊娠、腹膜妊娠等に分類されるが、卵管妊娠の場合、その多くは妊娠三か月までに中絶(卵管流産、卵管破裂)し、一旦中絶すると激しい症状を呈する。

また、子宮外妊娠の手術療法が行われるようになった今世紀の初めから、子宮外妊娠による死亡率は激減しているが、現在でも、妊娠中毒症、出血に次いで妊産婦の死亡原因として挙げられる。

↓よって

妊娠の可能性がある女性が、無月経、下腹部痛及び性器出血を訴えて診察を求めてきた場合には、子宮外妊娠を疑い、子宮外妊娠か否かについて診断を尽くす必要がある。

また、以前は、中絶前に子宮外妊娠の診断をする事は非常に困難とされていたが、本件当時(平成7年)には、補助診断法の進歩により、中絶前の診断はかなり容易となっていた。


2 診断

患者が妊娠しているか否かを鑑別するための有力な検査方法として尿中hCG検査があり、子宮外妊娠の診断には必要不可欠の検査であるとされている。尿中hCG検査とは、妊卵の着床後、尿中に排出されるようになる人絨毛組織により生産される糖蛋白ホルモンである絨毛性ゴナドトロピン(hCG)の尿中濃度を測定することにより、妊娠の有無を判定するものであるが、子宮外妊娠の場合、妊卵の着床が正常な着床部位ではないため、絨毛が十分な発育を遂げることができず、hCGの分泌量が正常妊娠に比べて低値となり、尿一リットル当たり一〇〇W以下の値を示す症例が四分の一程度あると報告されている。

本件当時には、高感度のhCG検査薬が発売されており、一リットル当たり二〇~五〇Wまで測定可能な検査薬を使用した場合、子宮外妊娠であっても、九〇~九六パーセントが陽性となり、また、一リットル当たり一〇・の測定が可能な検査薬を使用した場合には、子宮外妊娠であってもほぼ一〇○パーセント陽性となる。一リットル中二五~五〇・の感度をもつ高感度尿中hCG検査で陰性になった場合、子宮外妊娠の可能性は極めて少ないと判断される。

 

3 本件

原告は、七月一六日に広尾病院で被告藤井の診察を受けた際、

・強い下腹部痛を訴え

問診に対して、

・最終の生理が五月八日から二週間でその後生理がないこと、

・五月末ころ男性との性交しがあったこと、

・七月一五日は一日中性器出血があったことなどを被告藤井に対して述べており、

前記の子宮外妊娠の三徴候が見られるのであるから、被告一井としては、原告の症状が、子宮外妊娠ではないかとの疑いを持ち、子宮外妊娠か否かの診断をつける義務を負っていたものというべき。
 ↓

被告は、七月一六日、内診の結果に異常がないこと、また、不正性器出血が認められないこと、超音波検査の結果から妊娠所見が得られないことから、原告の症状が子宮外妊娠である可能性はほとんどないと診断している。

↓しかし

腟分泌物が褐色である場合は分泌物に血液が混じっているもので、性器出血に他ならないとされているところ、原告の腟分泌物は白色であったが、予宮口では茶褐色であった。

また、原告が七月一五日に性器出血があったと告げている。

よって、たとえ七月一六日の診察で腟内に出血の痕跡を認めなかったとしても、少なくとも不正性器出血の疑いは持つべきであったにもかかわらず、腟内に出血の痕跡を認めなかったことから直ちに原告に不正性器出血がなかったと判断するのは早計にすぎたというべきである。

また、内診については、子宮外妊娠の場合、子宮に強い圧痛が認められるところ、本件でも、原告には子宮及び子宮付属器の卵巣、卵管の部分に強い圧痛が認められたのであるから、内診の結果に異常がないとはいえず、むしろ他の症状とも相まって子宮外妊娠の可能性を示す症状ととらえるべきである(なお、妊娠の徴候があり、子宮の増大傾向がなく更に子宮付属器の腫大等を認めれば子宮外妊娠であることを診断できるが、付属器の腫大等が認められなくとも、子宮外妊娠が否定されるわけではないことが認められ、したがって、原告の内診所見だけでは、原告が子宮外妊娠でないと判断することはできない。)。

さらに、鑑定の結果によれば、子宮外妊娠の場合、子宮内には胎嚢(GS)が認められず、また、子宮外に胎嚢(GS)が認められるのは四分の一程度であることが認められるのであるから、超音波検査の結果、胎嚢(GS)が認められないことからすれば、正常妊娠である可能性はある程度否定することはできるが、子宮外妊娠であることを否定する根拠にならない。

↓そうであるならば

七月一六日の時点で、原告が子宮外妊娠である可能性がないとはいえず、被告藤井には、原告が子宮外妊娠であるか否かについて、更に検査を実施する義務があったものである。そして、子宮外妊娠の診断のためには、まず、妊娠しているかどうかを検査することが必要であり、その必要不可欠な検査がhCG検査であるということができる。
 ↓ところで

鑑定の結果によれは、子宮内に胎嚢(GS)が包められないのに妊娠反応が陽性の場合、子宮外妊娠である可能性が高まるとされていることが認められ、また、共済病院で使用されている外来用のhCG検査薬は、持田製薬から発売されている新ゴナビスライドであり、検査感度二〇〇IU/lであるが、《証拠略》によれは、子宮外妊娠の場合ても七五~八五パーセントの事例で陽 になることが認められることから、本件でhCG査を実施した場合、高い確立で陽性になったものと認められる。

また、共済病院には感度五IU/lの検査薬(ハイゴナビス)が存在していたと認めらるところ、右検査薬によれば、ほぼ一〇〇パーセントに近い確立で陽性となったと認められる。したがって、七月一六日は夜間の診療ということで、被告藤井が原告に尿中hCG検査を実施しなかったのは止むを得ないとしても、七月一七日及び同月二四日の時点では、被告藤井に尿中hCG検査を実施すべき義務があったというべき。

↓以上によれば

被告藤井が、七月一七日の時点でhCG検査を実施しておれば高い確率で陽性反応を得ることができ、右陽性反応が得られた場合、前日実施した超音波検査の結果や不正性器出血、下腹部痛等の症状と合わせて、原告が子宮外妊娠であると強く疑い得たにもかかわらず、被告藤生は、子宮外妊娠の検査に必要不可欠とされているhCG検査を実施しなかったばかりか、内診に異常がなく 不正性器出血もないと誤診したため、被告藤井は、原告が子宮外妊娠であるとの疑いを持つことがなく、七月一七日の時点では骨盤腹膜炎と、また、同月二四日には、卵巣機能不全と誤診したものである。

そのため、右誤診がなければ、子宮外妊娠の疑いをもってなすべき処置、すなわち原告を入院させ、に入念な検査(内視鏡による検査等)を実施し、診断が確定次第開腹して卵管を摘出することができたにもかかわらず、右処置を怠ったため、原告の卵管が破裂するに至ったものであると認めることができる。
 したがって、被告は、不法行為に基づき、原告に生じた本件損害を賠償する責任を負う。

 

5 損害

・原告は、被告藤井の誤診の結果、長期間激しい下腹部痛に悩まされ、とりわけ七月二四日の午後一〇時ころ、卵管が破裂し卵管摘出手術が行われるまで下腹部の激痛に苦しみ、死亡する危険さえもあったこと、

・子宮外妊娠の確定診断があった場合の一般的な治療方法としては開腹手術によるしかないことが認められ、したがって、同被告の前記過失がなかったとしてもいずれにせよ右手術を実施する必要があったことが認められるものの、鑑定の結果によれば、本件と異なり、被告藤井の誤診がなく子宮外妊娠であるとの確定診断があった上で開腹手術をする場合には、下腹部臓器の病変であることから、臍上部まで切開創が伸びることはほとんどないことが認められるところ、原告の腹部には下腹部から臍上部まで長さ約一二、三センチメートル(臍上部は数センチメートル)の手術痕が残った。

↓以上の事実を総合し、本件諸般の事情を考慮すると、

精神的苦痛を慰謝すべき金額は合計二〇〇万円が相当。

 

以上