弁護士  池田 実佐子

硬膜外麻酔後の脊髄梗塞

 

硬膜外麻酔の医学的知見(東京地判H20.5.9


1 硬膜外麻酔
 硬膜外麻酔とは,脊髄硬膜外腔に局所麻酔薬を注入し,脊髄神経を麻痺させて,この支配領域の麻酔を得る方法


2 手技等
 手術室における成人の硬膜外穿刺は,鎮静剤ないし鎮痛剤を与えて鎮静した状態で行う。坐位,側臥位,腹臥位のいずれの体位でも行うことができるが,手術室では側臥位で行うことが多い。患者は,背中をエビのように丸くして棘突起の間隙を拡げ,穿刺針が入りやすいようにする。刺入部を中心に広く消毒し,周囲に滅菌した覆布をかける。刺入の角度を決めたら,針の刺入部位に局所浸潤麻酔を施す。腰部の場合,皮膚から硬膜外腔までおよそ4cmであるところ,まず,穿刺針の先端を黄色靱帯へ刺入し,内針を抜いて注射器に生理食塩水と気泡を入れて接続し,注射器内筒を加圧しながら針を進め,抵抗の消失を感じたら針先は硬膜外腔に入っているため,その位置で針を止める(抵抗消失法)。その後,硬膜外カテーテルを留置して針を抜き,カテーテルから薬剤を注入する。
 使用する局所麻酔薬には,エステル型とアミド型があり,アミド型が多く使用される。アミド型の主な薬剤には,リドカイン,メピバカイン(カルボカイン),ロピバカイン,ブピバカイン(マーカイン)等がある。

 

3 硬膜外麻酔の特徴
・長所

硬膜外麻酔は術野からの侵害刺激が中枢神経に伝わるのを遮断するため,内分泌代謝反応の亢進,異化を抑えることができる点。

また,筋弛緩効果があるため,筋弛緩薬がいらず,呼吸機能への影響が少なく,硬膜外麻酔を手術前から実施することにより,術後痛に対して先取りに鎮痛効果を期待でき,カテーテルを残して術後の鎮痛に利用することができ,また,全身麻酔の際に用いる薬剤の容量が少なくてすむとされている。
・短所

効果の発現が脊髄くも膜下麻酔に比べると遅く,一部の脳神経の含まれている副交感神経をブロックできないので,内臓からの反射を抑制することができない点。

また,交感神経を広範にブロックすると,血圧変動などの循環変動が大きく,地蔵硬膜外麻酔で局所麻酔薬を反復注入すると,血中局所麻酔薬濃度が増加して中毒症状を現すことがある。
・全身麻酔と硬膜外麻酔を含む局所麻酔の臨床的違い

全身麻酔では,意識がなく,呼吸数・心拍数は増加,血圧が上昇,代謝が亢進し,筋弛緩効果,術後鎮痛が弱いのに対し,局所麻酔では,意識があり,呼吸数は不変,心拍数は不変又は増加,血圧は不変又は低下,代謝は不変であり,筋弛緩,術後鎮痛が強い点。


4 合併症
 手技に基づいて起こる合併症,薬理学的合併症,生理学的合併症,神経学的合併症等。
 このうち,硬膜外麻酔施行後の神経学的合併症の原因としては,硬膜外針やカテーテルの挿入・抜去に伴う神経組織の機械的損傷,局所麻酔薬の神経毒性,硬膜外血腫,硬膜外膿瘍,髄膜炎,くも膜炎,脊髄梗塞など。この機械的損傷による神経障害については,硬膜外針やカテーテル挿入時に,これらの器具が脊髄神経根を圧迫し,患者が感覚異常を訴えるような場合,神経組織との直接の接触から機械的損傷が起こっていれば,後に生じる可能性がある。このような神経学的合併症は,一過性の症状を呈することがあっても,重症の神経障害が遷延することはほとんどないとの指摘もある。不可逆的な障害が少ない原因としては,誤って針が神経根に近づいたり触れたりすると,患者が感覚異常を訴えて危険を知らせ,神経根は可動性で針が近づくと離れようとすることが指摘されている。
 硬膜外麻酔を含む局所麻酔の頻度の高い合併症として,頭痛,感染,局所の出血,神経障害,薬物反応,全身麻酔の頻度の高い合併症として,咽頭痛,嗄声,悪心,嘔吐,歯牙損傷,薬物アレルギー反応,心機能不全を指摘する文献がある。


5 硬膜外麻酔と全身麻酔の併用
 手術中に意識があると,副作用が現れても患者が自覚症状を訴えるため,早期に発見できるという利点があるが,患者が不安や恐怖を抱くという欠点があり,このような精神的な影響は,内分泌代謝反応を亢進する。硬膜外麻酔は,体表からの侵害刺激を抑えることができるが,内臓からの侵害刺激を十分に抑えることはできない。これらの欠点を補うために,硬膜外麻酔と全身麻酔が併用される。このように,硬膜外麻酔と全身麻酔を併用する場合には,硬膜外麻酔による血圧低下に,全身麻酔の循環抑制が加わることから,血圧が著明に低下するため,局所麻酔薬の容量を減らして,交感神経の遮断範囲を狭くすることが多いとされる。
 硬膜外麻酔を併用した全身麻酔は,術中のストレス軽減,全身麻酔薬の減量,術後鎮痛など多くの利点があるとされることから,手技的には習熟を要するものの,多くの施設で行われている。

 

以上