弁護士 池田実佐子


東京地判H14.12.18の概要


1 診療上の過失の有無



●「常位胎盤早期剥離」

正常な位置に付着した胎盤が胎児の娩出以前に乖離する疾患

典型的な臨床症状:性器からの外出血,下腹痛,強度の子宮収縮及び子宮の圧痛等
外出血は,常位胎盤早期剥離の約90%にみられる特に典型的な症状であるが,外出血の量と実際の失血量とはほとんど無関係
短時間で急速に進展して胎児の子宮内死亡をもたらす重篤な疾患

剥離面積が30%未満の軽症であっても,胎児が仮死状態で娩出されることが多い。


⇒前記臨床症状のうちの1つでも認められた場合

常位胎盤早期剥離を疑い,問診,触診,血圧測定,血液検査,尿検査,超音波検査,胎児心拍のモニタリング等による総合的診断を行い,常位胎盤早期剥離の有無を確認する必要。
 ただし,超音波Bモードによって常位胎盤早期剥離の有無を確認することは極めて困難であり,超音波Bモードは,常位胎盤早期剥離と並ぶ出血性疾患である前置胎盤の可能性を排除するという点にその主たる機能があるといえる。


⇒総合的診断の結果,常位胎盤早期剥離が濃厚に疑われる場合

子宮口が全開大であるような例外的な場合を除き,直ちに帝王切開を実施する必要。
常位胎盤早期剥離の初期:胎児にアクセレーションの減弱や頻脈が発生し,また常位胎盤早期剥離が進行すると,遅発一過性徐脈等が出現。
「一過性徐脈」

=子宮の収縮に伴って一過性に胎児心拍が低下すること。遅発一過性徐脈は,一過性徐脈のうち,子宮の収縮に遅れて胎児心拍の低下が始まるものであり,胎児仮死の前兆。


●本件のケースにおける判断

・分娩監視装置が装着された午前3時50分の段階においては,すでに,原告花子(母)に性器からの外出血及び腹痛という常位胎盤早期剥離の典型的な臨床症状

・しかも他の出血性疾患である前置胎盤の可能性が超音波検査によって排除されていた

→午前3時50分の時点では,常位胎盤早期剥離を強く疑い総合的診断を行うことが必要な状況にあった。



・午前4時ころには,子宮の収縮に遅れて始まる徐脈,すなわち遅発一過性徐脈が出現し,しかもこの徐脈は,170/分前後から65/分前後まで胎児心拍が低下し,かつその回復に約3分間を要するという極めて深刻なものであった。

・さらに,分娩監視装置の装着後,児に軽度の頻脈がみられ,かつ分娩開始装置が装着されて以降,児にアクセレーションはみられなかった

→本件徐脈が発生した午前4時の時点では,常位胎盤早期剥離の発生が極めて濃厚に疑われる状況にあった。



⇒子宮口の全開大といった例外的な事情が認められない本件においては,午前4時の時点で直ちに帝王切開を決断し,帝王切開を実施するため緊急に母体を他の病院に搬送するか,又は緊急に自院で帝王切開を実施する義務があった。過失有。



2 因果関係の有無



●死因について

児の直接の死因は胎盤血行の急性循環障害であり,その発生機序は病理学的検討によっても確定することができないものの,解剖所見の検討から得られる最も可能性の高い機序は,臍帯の辺縁・卵膜付着による臍帯血管の走行異常に,羊水の増減,胎動に伴う胎児位置の変動,母胎の運動動作,外部からの物理的圧迫や衝撃,胎盤の剥離等の要因が複合することによって,臍帯血管への圧迫と狭窄が生じ,胎児への血行の低下等を生じたというもの。

→そうすると,児の死亡は,常位胎盤早期剥離のみによってもたらされた可能性は低く,むしろ,常位胎盤早期剥離に他の疾患が複合した結果もたらされた蓋然性が高い。

 

●因果関係について
  もっとも 

・8月4日に至るまで児の発育が順調であったこと

・児は午前6時30分の時点ではまだ生存していたこと

→午前4時の時点で直ちに帝王切開を決断し,帝王切開を実施するため緊急に母体を他の病院に搬送するか,又は緊急に自院で帝王切開を実施していれば,その後の措置とも併せ,児を救命できた可能性は十分にあった。
 このように,診療上の過失によって児は生存の可能性を絶たれたものというべきであるから,診療上の過失と児の死亡との間には因果関係があると認めるのが相当。

3 損害額
●逸失利益について
 児は権利能力を取得する以前に死亡したから(民法1条の3),逸失利益認められない。
●慰謝料について

・児が死亡したのは出産の直前であったと認められるから,児の死亡によって両親である原告らが被った精神的苦痛の程度は,新生児が死亡した場合と変わりがないというべき。

・被告丙野の義務違反の程度は高く,「産科の知識が私たちから見たら低いレベルにあると思います。」との原告花子の批判も理由のないこととはいえない。

・医師はカルテの改ざん等隠蔽工作をしていた。医師としての基本的な倫理・道徳に反するもので,我が子を出産直前に失い悲嘆に暮れる原告らを愚弄するものであり,これによって原告らはさらなる重大な精神的苦痛を被った。

・児は原告らが不妊治療を経た末に授かった待望の第1子であったこと

・診療上の過失の内容が極めて初歩的なもの

⇒原告ら各自(父と母)について1400万円ずつ。
●葬儀費用について
 100万円(原告ら各自につき50万円ずつ)。
●弁護士費用について

300万円(原告ら各自につき150万円ずつ)。
●合計

原告ら各自につき1600万円ずつ。


以上