1 絶対禁忌と相対禁忌

 医療過誤を疑い来所される相談者の中で、よく「医師が禁忌とされている薬を投与したので医療過誤ではないか」と話される人がおります。
 最近は、インターネットの普及もあり、患者とその家族はけっこう独自の調査を行い、一定の予備知識を持って法律事務所に相談に来ることが多くなりました。

 しかし、この禁忌というのはけっこうくせ者です。なぜならば、如何なる場合にも絶対に投与することが許されないという意味での「絶対禁忌」の薬はそれほど多くはなく、ほとんどの場合は、「相対禁忌」(禁忌がどうかはケースバイケース)あるいは「原則禁忌」(したがって、例外的にやむを得ないケースがある)に当たるからです。

 結局の所、薬剤に限らず、医療行為というのは、侵襲性を伴うものです。つまり、カラダにとって多かれ少なかれ”有害”なものなのです。その意味で、極論を言えば、健常者に対しては全ての医療行為が”禁忌”です。

 それなのに、カラダに有害な医療行為(投薬など)が正当化されるのは、デメリット(薬であれば副作用)を上回るメリット(治療効果)があるからです。
 そうすると、患者が重症であればあるほど、禁忌とされている薬剤の投与が正当化されやすくなります。例えば、極端なケースですが、この薬を投与しなかったらほぼ間違いなく死亡するという状況の場合、リスクの大きい薬をあえて投与するというチャレンジングな医療行為も十分やってみる価値があるわけです。

 このように、禁忌という概念は、多くの場合、状況次第で変わりうる流動的な概念であり、最終的には主治医の裁量に委ねざるを得ない側面を有しています。

2 禁忌と医療訴訟

 そうは言っても、一応禁忌となっている以上、患者側としては、”過失の主張・立証”という面で戦いやすいのは確かです。
 なぜならば、医学文献やその薬の取扱説明上、とりあえず”禁忌”となっている以上、それを投与した医師側で、投与に踏み切った必要性を主張・立証する必要が出てくるからです。つまり、一応禁忌となっている以上、過失は推定されやすいと言えると思います。

 しかし、問題は因果関係です。例えば、禁忌となっている薬を医師が投与し、かつ、その必要性について十分な反論を医師の側で提出できなかったため、過失が認められたと仮定しましょう。さて、医師が禁忌とされている薬剤を投与し、現に患者さんが死亡しているとします。「禁忌の薬を投与したのだから、患者が死んだのは医者のせいだ!とは残念ながらなりません。禁忌である当該薬剤を投与した結果、どのような機序で患者が死に至ったのか、その医学的メカニズムを、患者側のほうで主張立証しなければなりません。

 患者が死亡した場合、複数の医学的因子が複雑に影響している場合も少なくなく、仮に禁忌の薬剤投与に過失があったとしても、実際のところ、なぜ患者が死亡したのかよくわからないケースも珍しくないのです(投薬とは別の要因で死亡することも十分ありえます)。

 したがって、あまりにも禁忌に執拗こだわりすぎると、医療裁判で足をすくわれる結果になるので注意が必要です。