弁護士  池田実佐子

気管切開後の呼吸管理

 


東京地判平成18年3月6日


●事案
 


患者が被告病院において入院加療中,患者に装着した気管カニューレ(気管切開術後,開窓された部位から気管内に挿入されるパイプ状の医療器具)が痰によって閉塞したことにより窒息して低酸素脳症に陥り,その結果,植物状態になったなどとして,患者とその子らが,被告に対し損害賠償を求めた事案

 


気管切開を受けた者は,胸腔内圧を高められず,勢いの強い痰の喀出運動ができない状態になる。

 


呼吸管理に関する過失の有無について

①被告病院の医師らは,日医大からの診療情報提供書等を通じて原告の症状を認識し,日医大からの申し送り事項として,その呼吸状態の悪化の可能性につき注意喚起を受けていた

②また,原告の喀痰からMRSAが検出され,同人がMRSAに感染していた可能性があり,現に,被告病院の医師らも,MRSA感染の可能性があると判断し,バンコマイシンを投与していた

③さらに,原告は,3月5日ころには敗血症に罹患しており,そのことを示す発熱及び血液検査所見が出ていた

④また,原告の痰は,粘稠で硬く,ときに痰が吹き出したりしており,時折血や血塊が混じっていることもあり,同人の気管カニューレが詰まり気味になることも少なからずあった

⑤そして,本件事故の前日の3月5日午前6時には,動脈血酸素飽和度が92%に低下して,呼吸不全に近い状態にあり,気管カニューレが詰まり気味であることも疑われていた

⑥原告の痰は,粘稠性で,時折血が混じっていたことからすると,通常の痰とは異なる凝血塊のようなものが生じる可能性も十分考えられたこと

↓これらの事情から

被告病院の医師らは,本件事故当時,少なくとも,原告の呼吸状態を綿密に観察するとともに,頻回に,痰の吸引,気管カニューレの交換を行い,痰による気道閉塞及び呼吸困難を防止すべき注意義務を負っていた。

 ↓

被告病院の医師らには,特段の事情のない限り,上記注意義務を怠った過失がある

↓特段の事情があるか

被告は,

①本件において,原告の気道が閉塞した原因となった痰の塊は,「径1.0cm前後の肉芽組織に似た凝血塊」のような大きな痰の塊であるが,そのような痰の塊が気管内で形成されるようなことは,通常予想することはできない。

②上記痰の塊は,吸引カテーテルの内径(約3mm)を優に超える大きさであり,また,相当の硬さであったなどとして,痰吸引用カテーテルを挿入して行う吸引処置を頻回に実施しても,これを排出することは不可能である と主張

 ↓しかし

①原告の痰には時折血が混じっており,しかも,その痰は粘稠性で硬いものであったことからすれば,そのような凝血塊が形成されることも十分予見可能であった

②被告は,上記痰の塊について,気管カニューレの交換又は痰の吸引処置の際にわずかに損傷された気管内壁から滲出した血液と気管内の分泌液が絡まって一体となり,時間の経過に伴って固まることにより形成されたものである旨主張している。そうであるとすると,痰が時間の経過に伴って固まる前に吸引処置を行えば,これを除去することは可能であった

 ↓

他に,上記特段の事情を基礎付ける証拠はないから過失がある。
後遺障害との因果関係も有り。

 


●救命救急処置に関する過失の有について

・A看護師は,心拍モニター上,原告の急変が疑われたことから,直ちに,その病室に赴いて原告の状態を確認の上,それをB医師に報告をしたこと

・B医師及びA看護師らは,原告に対し,即座にアンビューバッグによる強制呼吸及び心マッサージを行い,痰による閉塞が疑われたため,吸引カテーテルによる吸引を行ってその除去に努めたこと

・心拍等の改善後は,人工呼吸器を装着して呼吸管理を行ったこと。

↓これらの事情から

救命救急処置について不適切な点があったとまでは認めることができない。

以上