弁護士 池田実佐子

脳動脈瘤に対するクリッピング術後の脳梗塞~裁判例~



名古屋地判平成23年2月18日



<事案>

平成17年5月23日,未破裂脳動脈瘤に対する開頭脳動脈瘤クリッピング術を受けた原告が,本件手術後,内頸動脈の狭窄(閉塞)を原因とする右中大動脈領域の広範な脳梗塞を発症し,原告に左上下肢麻痺・高次脳機能障害が残ったことについて,被告病院医師には,①内頸動脈の血流確認義務違反,②麻痺判明後の検査義務違反,③説明義務違反の過失があったと主張し,9312万4616円の損害賠償金等の支払を求めた



<判決>

1 脳梗塞発症の機序について

・右内頸動脈のC2-C3部にある脳動脈瘤に対し,クリッピングがされていること,

・クリップ操作に際して,一度クリップを進めてかけ直すなどしており,右内頸動脈が狭窄又は閉塞する可能性のある手術操作がされていること,

・術後のMRA検査において,クリップの近傍であるC3の部位で右内頸動脈が閉塞しているとの所見が得られていること,

・手術直後から術前には見られなかった左片麻痺や麻酔覚醒遅延という意識障害が生じたこと

・脳神経外科医であるE医師は,閉塞血管は術後発生した梗塞の大きさから右内頸動脈と考えられ,その原因は,動脈瘤にかけたクリップが同時に内頸動脈にもかかり閉塞したものと推定されるとの意見を述べていること

・B医師自身も,脳梗塞発症直後の5月25日の時点において,脳梗塞が生じたのは,バイパス手術を行い,前交通動脈を介した左からの血流があるにもかかわらず,クリッピングの部分で右内頸動脈の流れが悪くなったことが原因と考えていたこと



⇒以上から

原告の脳梗塞発症に至る機序は,クリップが右内頸動脈にかかったために,右内頸動脈が狭窄又は閉塞し,事前に実施したバイパス(右浅側頭動脈と中大脳動脈吻合術)では血流が足りずに血流が低下し,脳梗塞を発症したもの

*なお、脳神経外科医であるF医師は,内頸動脈の狭窄又は閉塞の原因について,(ア)新たな血管の解離が生じた,(イ)クリップ操作,(ウ)頸部内頸動脈の処置を行った部分からの塞栓,(エ)原告の血液が一時的に固まりやすくなったことにより生じた閉塞,(オ)原告の血圧低下などの全身状態の変化の複合である可能性ありとの意見を述べている

BUT

(ア)F医師自身,手術中には動脈の色調は変化しておらず,この時点で新たに血管の解離が起こっているとは思われにくいと述べており,(ウ)についても,可能性は完全に否定できないと述べるにすぎない。また,(エ)血液の凝固能の一時的亢進又は(オ)全身状態の低下については,原告に本件手術当時にかかる症状があったと認める証拠はない。などとして、クリップ操作が内頸動脈狭窄の原因となることを否定するものではないと判断

2 争点(2)血流確認の懈怠について

未破裂脳動脈瘤クリッピング術では,予防的手術のため,術中破裂や血管損傷の合併症を起こさないことが重要・・・医師は,脳動脈瘤クリッピング術において,クリッピングに際して親血管の狭窄・閉塞を避け,親血管の血流を確保すべき注意義務がある。

~~~

 本件手術においては,クリッピング後に脳動脈瘤を完全に剥離して,クリッピングの状態を確認し,ドップラー血流計によって内頸動脈の状態を確認すべきであったにもかかわらず,B医師は,いずれも実施していないのであるから,内頸動脈の血流を確認すべき注意義務に違反している。

3 麻痺判明後の過失について
否定

4 説明義務違反について
 医師は,患者の疾患の治療のために手術その他一定の合併症が発生するおそれがあ  
 る医療行為を実施するに当たっては,診療契約に基づき,特別の事情のない限り, 
 患者に対し,当該疾患の診断,実施予定の手術の内容,手術に付随する危険性,他
 に選択可能な治療法があれば,その内容と利害得失,予後などについて説明すべき 
 義務がある。その場合において,医療水準として確立した療法や術式が複数存在す
 る場合には,医師は,患者がそのいずれを選択するかにつき熟慮の上判断すること
 ができるような仕方で,それぞれの療法や術式の違い,利害得失を分かりやすく説
 明することが求められる。

本件では
脳動脈瘤の具体的な破裂率については,年1-2%より高いという具体的な説明がさ   れており,経過観察とした場合の予後についても説明したと認めるのが相当である。また,本件手術により,重篤な後遺症(生命の危険が生じることもある)や術後麻痺,意識障害を起こす可能性があることについての説明はされていることから,術後麻痺等を引き起こす可能性のある脳梗塞についても説明がされたと認めるのが相当。

他方

未破裂脳動脈瘤に対しては,コイル塞栓術などの血管内治療もあるところ,本件全証拠をみても,B医師が,未破裂脳動脈瘤に対しては,コイル塞栓術などの血管内治療という方法があることを説明したと認めるに足りる証拠はないが,原告の脳動脈瘤に対して血管内治療の適応があったということも認めることはできない。
⇒B医師が説明義務に違反したと認めることはできない。



以上