前回、医師が適切な医療行為を行わず患者が死亡したが、その不作為と死亡との因果関係が立証できなかった場合の医師の責任について取り上げました。
 (前回の記事はこちら:患者・遺族に対する事故の報告義務

 医師の注意義務違反が不作為の場合の因果関係は、適切な医療行為がなされていれば患者がなお生存していたかという仮定の話になるため、その立証は困難なものとなります。

 それでは、不作為の場合に因果関係が認められるのはどのような場合でしょうか。
作為の事例における因果関係について、最高裁は、特定の事実が特定の結果を招いた高度の蓋然性の証明が必要と判断していますが(最判昭和50・10・24)、不作為の場合は判断が異なるのでしょうか。

 今回は、この点について判断した判例(最判H11・2・25判時1668号60頁)をご紹介します。

事実の概要

 昭和58年10月頃、患者Aは、アルコール性肝硬変との診断を受ける。
 同年11月4日、肝臓病を専門とする医師Yを受診するようになった。
 当時、Aは53歳男性で、肝硬変に罹患している(これらは肝細胞癌発生の危険を示す重要なファクター)ことからすると、肝細胞癌発生の高危険群の患者に属していた。
 当時の医療水準においては、肝細胞癌を発見するための検査として、定期的にAFP検査(AFPは、肝細胞癌の場合に高い値を示す物質です)と腹部超音波検査を実施し、肝細胞癌の発生の疑いがある場合は、さらにCT検査等を行う必要があるとされていた。
 Yは、診療開始後Aに対し問診、触診等を行うにとどまり、上記検査に関しては、昭和61年7月5日にAFP検査を実施したのみであった。AFP検査の結果、正常値よりも高い値が出ていたが、YはAに対し、肝細胞癌についての反応は陰性と告げた。
 その後Aの容態が悪化し、Yの紹介により受診した病院で、昭和61年7月22日、肝細胞癌と診断された。
 その時点では、進行度から既に治療が実施できない状況にあり、同月27日、Aは肝細胞癌及び肝不全により死亡した。

原審の判断

 Yは、(上記の)検査等を行って早期に肝細胞癌の確定診断を行うようにすべき注意義務に違反した。注意義務に従い発見していれば、治療により、ある程度の延命効果が得られた可能性がある。
 しかし、どの程度の延命が期待できたかは確認できないから、Yの注意義務違反とAの死亡との間に因果関係を認めることはできない。

最高裁

 作為の場合の上記判例(最判昭和50・10・24)を引用した上で、

 右は、不作為の場合にも異なるところはなく、経験則に照らして統計資料その他の医学的知見に関するものを含む全証拠を総合的に検討し、医師の不作為が患者の当該時点における死亡を招来したこと、換言すると、医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡時点においてなお生存していたであろうことを是認しうる高度の蓋然性が証明されれば、因果関係は肯定される。
患者が右時点の後いかほどの期間生存し得たかは、損害の額の算定に当たって考慮されるべき事由であり、因果関係の判断を直ちに左右しない。
 本件では、Yが適切な検査を行っていたならば、昭和61年1月の時点で外科的切除術の実施も可能な程度の肝細胞癌を発見しえた。
 肝細胞癌が昭和61年1月に発見されていれば、当時の医療水準に応じた通常の診療行為を受けることにより、同年7月27日の時点でなお生存していたであろうことを是認しうる高度の蓋然性が認められる。
 よって、因果関係が認められる。

 最高裁はまず、不作為の場合の因果関係も作為の場合と同様に、行為(不作為)が結果を招来した「高度の蓋然性の証明」により判断されることを示しました。
 そして、証明すべき対象を、「死亡時点における生存」と設定しました。死亡時点以降の生存期間の証明を必要とする立場から因果関係を否定した原審よりも、患者側の因果関係の立証の負担を軽減する判断といえます。
 とはいえ、「死亡時点における生存」の証明も困難なものであることには変わりありません。本件では、適切な検査によりある特定の時点で肝細胞癌を発見しえたこと、その時点で延命につながる有効な治療法が存在したという事情から、「死亡時点における生存」の高度の蓋然性が肯定されています。

弁護士 池田実佐子