1 患者側の主張・立証責任

 医療裁判は、多くの場合、医学論争になるために、患者側の弁護士にとっては難しい裁判となりますが、それに加えて患者側に不利となり医師・医療機関側に有利となる事情があります。

 それは、主張・立証責任の問題です。すなわち、例えば、患者が死亡したことについて、医師に過失があり、かつそのような医療行為と死亡との間に因果関係があることを患者側が主張・立証しなければなりません。

 この負担は、患者側に大きくのしかかってきます。

 まず、過失についていうと、「何らかの過失」ではダメで、ある程度その内容を特定しないといけません。また、因果関係についても、死に至った医学的メカニズムを説明できないといけない。これに成功しないと、患者側は裁判で勝てないわけです。極端に言えば、この点を患者側がちゃんと主張・立証できないと、医療機関側は何もしなくても自動的に勝てちゃう…。専門家を相手にしてこれはかなり大きなハードルであることは間違いありません。

2 他原因の詭弁と裁判例

 このような事情から被告である医療機関側からの反論で他原因の主張がなされることがあります。
 要するに、原告の主張する原因で患者が死亡した可能性はあるかもしれないが、それ以外にも例えば、X、またはY、あるいはZという原因で死亡した可能性もある、と主張・反論するわけです。
 そうすると、最終的に何が原因で患者が死亡したのか裁判所にもわからなくなり、患者側の主張・立証が行き詰まってしまいます。
 このような医療機関側の他原因主張は、医療裁判をてがけている患者側の弁護士がみな経験していることだと思います。

 ところで、この他原因の主張に対しては、下級審ですが大変参考になる判例があります。

 事案の概要は次の通りです。患者さんは、頸椎脊椎管狭窄症、頸椎椎間板ヘルニアのため、脊椎管拡大手術を受けましたのですが、その際の執刀医の手技ミスで脊髄損傷を負ったとして起こされた裁判です。
 この事案でも被告である医療機関は他原因の反論をしました。

 この点について、東京地裁は、本件手術は脊髄の至近で行われ、脊髄を取り囲む髄膜に接する椎骨を切断するというものであるから、”何らかの手技上の過誤”によって脊髄に損傷を与える可能性は、一般的に否定できないとしたうえで、次のような判断枠組みを判示しました(東京地裁平成15年10月29日判決)。

① 手技上の過誤があった可能性が否定できず、
② 他に合理的な理由が全く考えられない場合、または、
③ 想定される手技上の過誤の可能性と比較して他の原因によって障害が生じた可能性が相当低い場合

→過失があったと推定する。

 医療機関側が他原因の主張をしてくる場合、他原因の可能性としてそれなりの理屈を構成してくるはずなので、②に該当するようなことはほとんどないでしょう。医療機関が主張する他原因にも合理的な理由があるからです。

 そうすると、ポイントは③です。患者が主張する原因の可能性と医療機関側が主張する他原因の可能性を比較して、後者が前者に比し相当低い場合には、患者側が主張する原因(つまり、ここでは医療機関の過誤)が推定されるということになります。

 したがって、医療機関が他原因を主張してきたからといって、それだけでは煙に巻くことはできず、原告である患者側の主張との可能性の比較で決まるということになります。

 しかし、だからといって、原告側の主張する内容のほうが可能性として大きいだけでは足りず、医療機関の主張する内容の可能性が相当低いこと、これを患者側からみると、患者側の主張する内容の可能性が相当程度高くないといけないわけです。

 そうでないと、医療機関が主張する他原因のリアリティーを排斥できませんから。

 もっとも、この事案では、そもそも「手技ミスの可能性はかなり低い」とされ、原告が主張していた手技ミスという過失は否定されました。