1 事案の概要

 前回は、悪性リンパ腫の種類と本症例であるびまん性大細胞型B細胞悪性リンパ腫について解説しました。
 (前回の記事はこちら:癌の見落としと悪性リンパ腫(1)

 今回は、本症例の具体的内容に入ります。

 結論から申し上げると訴訟提起から和解成立までわずか6ヶ月というスピード解決に至り、その内容も被告病院が高額な和解金を支払うという、原告(患者側)の勝訴的和解で終わりました。

 とは言っても、本症例は難しい問題も含んでおりました。

 癌の見落としでよく裁判例で出てくるのは、会社等が職員に受けさせる「集団検診」と人間ドックです。
 ところが、本症例はこのいずれとも異なります。
 本症例では、そもそも癌以外の具体的疾患の診断のためになされた検査で、CT、MR、エコー検査の各所見で悪性リンパ腫が認められたという事案です。

 この事件では、亡くなられた患者さんが腹痛を訴えて被告病院で検査をしたところ、胆嚢や胆管に多数の胆石が発見されました。
 そして、この胆石の除去手術を行い、手術自体は無事成功、予後も良好で普通に日常生活をしておりました。

 ところが、その約1年後に市の健康診断を受けたところ、CT検査で空腸付近に直径約14センチの異物が確認され、これが悪性リンパ腫だったのです。癌の一部を切除する手術も行ったのですが予後は悪く、、その後容態が急激に悪化し、癌が見つかってからわずか3ヶ月後にお亡くなりになりました。

2 癌の見落としは防げたか?

 この悪性リンパ腫は、実は、患者さんの胆石を診断したときのCT、MRIの各画像にばっちり写っていたのです。
 その時にCTに写っていた腫瘤は、直径約7.5センチくらいでした。7.5センチでも十分大きいですよね。これを見落としてしまったのだから医師に過失ありとされてもやむを得ないと思うのですが、もしこの腫瘤が3センチ程度だったらどうでしょうか。では、1センチ程度だったら?

 「たとえ1センチでも、専門家である医師であれば、癌と疑わしき腫瘤が写っているのだから見落としてはいけない」と言えそうですが、実はそれほど単純ではありません。

 一般に検査と言っても様々なものがあり、その検査目的も読影方法も違います。

 たとえば、会社などが職員に対し定期的に受けさせる集団検診の場合は、一度に大勢の人を対象に行われ、担当の医師も大量の画像を限られた時間の中で読影しなければならないという制約条件があります。分かりやすく言えば、医師は丁寧に読影できない条件下に置かれているわけです。また、検査を受ける人たちも、会社に言われたから受けているだけという人も多く、必ずしも自己の健康に対する高い関心から受診しているわけではありません。

 この点に関し、職場の定期健康診断で撮影された胸部X線写真の読影で癌を見落としたという事例で、定期健康診断は

「一定の病気の発見を目的とする検診や何らかの疾患があると推認される患者について具体的な疾病を発見するために行われる精密検査とは異なり、企業等に所属する多数の者を対象にして異常の有無を確認するために実施されるものであり、そこにおいて撮影された大量のレントゲン写真を短時間に読影するものであることを考慮すれば、その中から異常の有無を識別するために医師に課される注意義務の程度にはおのずと限界がある」

 と判示した判例があります(東京高裁平成10年2月26日判決)。

 しかし、この理屈は、健康に関心が高い人が自らの判断で受ける人間ドックや特定の疾患を疑っ実施される検査の場合には当てはまりません。一度に大量の画像を読影しなければならないような事情はなく、十分時間をかけて慎重に読影することが期待されているはずです。

 では、本件ではどうでしょうか。

 本件では、確かに具体的な疾患を発見するためにCTやMRIの検査がなされたはずです。
 もっとも、患者の愁訴が腹痛であったことなどから、胆石などの疾患を疑って実施された検査であることが十分伺えます。
 胆石が多数見つかってしまったことがこの患者さんにとっては不運でした。腹痛の原因もこれらの胆石だったのでしょう。画像を撮影したところ、胆石が見つかり、腹痛の原因はこれだ!となってしまったわけです。
 そして、実際に手術をして胆石を取ってしまったあとは、患者さんの腹痛も治まり、予後は極めて良好だったのです。
 その1年後に癌が見つかるわけですが、それだって単に市の健康診断を受けたら見つかったわけで、何らかの疾患を疑って積極的に受けたわけではありません。

 したがって、このような事情があると、どうしても医師の注意は腹痛とその原因である胆石に注意が向かってしまいます。その結果、癌の見落としを招いてしまったのだと思います。

3 なぜ勝訴的和解ができたのか

 おそらく、本件のような症例よりも人間ドックのほうが過失を認めやすいのではないかと思います。

 人間ドックは必ずしも具体的な疾患を疑って行われるものではありませんが、自己の健康に関心が高い人が十分な時間と費用をかけて受ける検査です。
 したがって、医師は、画像に写っている疾患が胆石であれ癌であれ、漏れなく細心の注意を払って読影する必要があると言えるでしょう。

 しかし、本件はそうではありません。医師は、患者が腹痛を訴えて来院したのでその原因を探るために検査したところ、胆石が見つかった。その意味ではちゃんと検査の目的は達成しています。このような場合において、医師が検査を行う際に念頭においていなかった疾患についてまで問題意識を持って読影する注意義務があると言えるのか、議論の余地がありそうです。

 それなのに、裁判官が我々原告側弁護士の主張に耳を傾け、被告病院に対して高額の和解金支払いを打診してくれたのは、おそらく、胆石が見つかった最初の検査において画像に写っていた腫瘤が約7.5セントという、決して発見が困難とは言えない大きさだったことが影響していると思います。

 これに加えて、本症例が中悪性度の悪性リンパ腫であったことも影響を与えていると思います。
 もしもこれが肺癌だったらどうでしょうか。原発性の肺癌で7.5センチだと、通常はリンパ節転移はもとより、遠隔転移もしている場合が多いのではないかと思います。

 しかしながら、前回のブログで解説したように、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫という癌は、悪性度は中程度ですが、化学療法も奏功する傾向にある癌で、肺癌などに比べると遙かに予後が良いことも分かっています。
 したがって、腫瘍の大きさが7.5センチになった段階であっても、その時点で適切な治療行為を行っていれば救命できた可能性も十分あった、と言える事案です。
 このような事情が裁判官の心を動かしたのだと思います。