4月21日に急死したアメリカの人気ロック歌手、「プリンス」さんの10億ドルとも言われる莫大な遺産を巡り、700を超す人々が「相続人」を名乗り出た、といったニュースがありました。
 「プリンス」さんは独身で子供もなく、すでに両親も他界しており、遺言書もなかったとのことです。
 この700人の中には、単に、近くに住んでいたから親族関係がある、といったどうでもいい主張もあり、遺産を管理するマネジメントも、心底、困っているようです。

 私たち弁護士は、いわゆる「相続」問題を受任する場合、なによりもまず①相続人の特定と②遺産の確定から始めるのですが、私の経験でも、①の作業を行っている際に、「オレも相続人だ」といったよく分らない人物が紛れ込んでくることがたまにあります。
 しかしながら、日本では、古来より「戸籍制度」という律令制に基づく、国が主導した立派な制度があることから、家族の誰かが死亡した場合、その戸籍を調査すれば、概ね相続人の特定ができるわけです。
 すなわち、日本は古代の中国より伝わってきた「家族」を単位とした社会であったからこそ、「家族」や「親族」の範囲や、「相続人」の範囲を見極めやすく、さらに言えば、このような「戸籍制度」によって、「家族」や「親族」のルーツを確保できると言っても過言ではないのでしょう。

 これに対し、アングロサクソン系の国家では、個人単位の制度を採用する国が多く、例えばアメリカやイギリス、オーストラリアでは「家族」単位で国に登録する制度は存在せず、結婚や出生があっても、単に「結婚届」や「出生届」といったバラバラの書類が役所に積み重なっていくだけで、これらの書類はリンクしていません。
 こんな制度だから、誰かが死亡した場合に、「子も両親もいなかった人だけど、何となく、遠い州に妹と名乗っている人がいたような気がする」と思っていたら、たくさん「親族」が現れて、確かめようにも何を根拠に調査すればよいのかわからない、といったということが起きるわけです。

 ただし、日本でも「戸籍」さえあれば万全、というわけにはいかないのが「相続」問題の難しいところです。
 例えば、男性にとって、真実、自分の子供であっても「戸籍」に入れなければ、つまり「認知」しなければ「戸籍」に載っていませんので、その子供が男性の「相続人」なのかどうか、すぐにはわからないわけです。
 こういった場合には、日本でも諸外国の例にならって「DNA鑑定」に頼らざるを得ません。
 もし、「戸籍」に載っていない子供がある男性の「相続人」と主張するならば、「戸籍」に載せてもらうために「認知」を求める法的手続きをすることになるのですが、この場合の強力な方法として「DNA鑑定」が利用されるわけです。

 しかし、既に「男性」が死亡し、「相続」が発生してから「相続人だから認知しろ!」と名乗り出たような場合、男性の皮膚組織が残っていればいいのですが、そうでない場合は、困りものです(なお、髪の毛を利用した「DNA鑑定」の精度はまだまだ低いようです)。
 この場合は、例えば、「男性」が生前に子供と仲良く写っている写真や、「男性」が子供の母親と親しく付き合っていたという事実、生前に「男性」が子供に生活費を送っていたという事実や、時には”面影”など、「自分の子供として扱っていた」、「自分の子供でなければ行わないような態度」、「生物学的に何となく似ている」といったような事実関係を集めて、最終的に裁判官に判断してもらうことになります。

 映画やドラマなんかでは、御大尽の死後、”隠し子”が現れて騒動になりますが、単に「僕は、誰々の子供です。みなさん、私も相続人です」と言っただけでは「相続人」としては認められるはずもなく、上記のとおり、結構、面倒くさい努力をしなければならないのです。