東京オリンピックの招致をめぐり、招致委員会がラミン・ディアク(Lamine Diack)国際陸連前会長の親族に対して、日本円で約2億2300万円もの資金を送金していたという疑惑が浮上し、話題になっています。報道によると、疑惑の持たれているシンガポールの会社に宛てて招致委員会から現金が振り込まれたのは事実とのこと。今後、送金された資金の性質や趣旨、資金を受領した会社とディアク氏との関係などについて調査が進められていくことになると思われます。

 ところで、今回の捜査、なぜフランス検察が動いているのか、疑問に思いませんでしたか?ディアク氏はセネガル人、送金された先はシンガポールの会社。ちなみに国際陸連は本部をモナコに置いており、IOCの本部はスイス・ローザンヌにあります。さらにいえば、今回のスキャンダルをすっぱ抜いたのはイギリスのGuardian紙。この上なく国際色の濃い本件ですが、ディアク氏に対するドーピング隠蔽に絡む汚職事件を捜査する中で今回のオリンピック招致に関する問題が浮上したという経緯があるようですね。そもそもの発端は、上記汚職事件とマネーロンダリングに関連して、フランスのfinancial prosecutors(日本でいう「特捜部」みたいなもの)がディアク氏を逮捕し捜査を行ったところにあるようです。

Former IAAF chief Lamine Diack quizzed by French police over alleged corruption and cover-up of Russian dopers / The Telegraph
French Prosecutors Investigate IAAF Ex-head Lamine Diack / THE AFRICAN INTERNATIONAL HERALD
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 日本側からの送金が「賄賂」にあたると認定され得るとして、送金した側には何らかの犯罪が成立するのでしょうか。
 我が国の刑法では「公務員」に対する贈賄のみを犯罪として扱うこととしており(刑法197条~198条)、「公務員」とは「国又は地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する議員、委員その他の職員」をいうものとされているため(同7条1項)、送金した側を刑法上の「贈賄罪」で処罰することはできません。
 近時増加している国際的な汚職事件に対応するため、不正競争防止法において、外国公務員に対する贈賄を禁ずる規定が設けられていますが(18条)、禁止されているのは「外国公務員等」に対する贈賄行為。そして、経済産業省が公開している逐条解説によると、「外国公務員等」は、「・・・組織の形態や権限の範囲にかかわらず、国家、政府その他の公的機関によって形成される国際機関」の公務に従事する者であり、「国際オリンピック委員会等の民間機関により構成されている国際機関は対象にはならない。」とされています。そのため、本件でディアク氏またはその近親者等に金銭が渡っていたことが事実であったとしても、その趣旨にかかわらず、送金した側が日本法において犯罪とされる余地はなさそうです。

 他方、私もさすがにフランスの刑事司法までは詳しく知りませんので、仮にディアク氏やその親族が迂回送金を受けて汚職に関与したとして、彼らにフランス国内でどのような犯罪が成立し得るのかまでは正直よく分かりません。フランス法において贈賄者の罪がどのようなものかについても、一通り調べてみましたがよく分かりませんでした。
 さらに進んで、(かなり仮定含みの話とはなってしまいますが、)もしフランス刑法で贈賄側の犯罪が成立すると判断されたら、フランス司法当局は日本人の容疑者をフランスへと引き渡すよう日本側に要求することができるのでしょうか。

 この点、国をまたいで犯罪者の引渡しを要求するためには、二国間で「犯罪人の引渡しに関する条約」を締結しておく必要があります。司法権や警察権はあくまでその国固有の権限であり、他国からの干渉を許容するためには、特別の授権がなされる必要があると考えられるためです。現在、日本が犯罪人引渡条約を締結しているのは韓国とアメリカのみ。したがって、フランスで犯罪となる行為に関して、日本人が容疑者として浮上したとしても、当該容疑者が日本を出ない限り、身柄を拘束されるような事態にはならないわけです。

 いろいろと波乱含みの東京オリンピック。日本ではあまり報道されていませんが、ディアク氏がフランスで保釈中の身であり、同氏の息子であるパパ・マッサタ・ディアク氏はインターポールから指名手配を受けているとのこと。そして、そのようなディアク氏の黒い背景が飛び火した国際的な汚職事件に、世界中のメディアが注目しています。
 最終的にどのような落ち着き方をするのか、本件からは目が離せませんね。