3月2日、愛知県で認知症患者が電車ではねられ死亡した事故で、JR側が遺族に対し損害賠償を求めていた裁判で、最高裁が二審をくつがえして遺族勝訴という逆転判決が下りました。

 今般の最高裁の判断は、端的に言うと、「民法714条は、法律上、責任無能力者を監督する義務がある者(以下、「監督義務者」といいます)は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負うと定めているが、妻や長男はこの監督義務者にはあたらない」、「民法714条に言う監督義務者にあたらなくても、事実上、責任無能力者の監督を行っており、監督義務を引き受けたと考えられる事情があるなら、民法714条が類推適用されるが、今回の場合、妻や長男には類推適用はされない」というものです。

 しかし、この事件、なぜ一審、二審、最高裁で結論が異なったのでしょうか。

 まず、一審は、「妻は、監督義務者にはあたらないが、夫が線路内に迷い込むことを予想することが可能だったとして、妻自身の責任(民法709条)として損害賠償を認める。また、長男は、事実上の監督義務者であったのだから民法714条の類推による責任として損害賠償を認める」というものでした。

 次に、二審は、「妻は、監督義務者にあたるから民法714条の責任として損害賠償を認める。しかし、長男は、監督義務者にはあたらないから民法714条の責任も負わないし、線路内に迷い込むことを予想することも不可能だったから長男自身の責任(民法709条)も負わない」としました。

要するに、一審では、
妻:709条の責任 長男:714条類推の責任
がそれぞれ認められ、二審では、
妻:714条の責任 長男:無責任
となり、さらに最高裁では、
妻:無責任(709条も714条も適用なし) 長男:無責任(709条も714条も適用なし)
となったわけです。

 そもそも、民法は、「未成年者で自分の行動の善悪の判断がつかない者」や、「認知症など、病気により自分の行動の善悪の判断がつかない者」による違法行為は、責任を問わない(損害賠償を認めない)としています(712条、713条)。
 しかし、それでは被害者は”泣き寝入り”で終わってしまうので、「未成年者や認知症患者」などを「法律上、責任無能力者を監督する義務がある者(監督義務者)」に対し、これらの者に代わって責任をとるよう(損害賠償するよう)定めています(714条)。

 今回、この民法714条の「解釈」が各審級において二転三転したため、結論も異なってしまったというのが最大の原因です。

 特に、二審は、民法714条の「監督義務者」について、夫婦は、お互い同居して自分と同一程度の生活を保障する協力扶助義務があるからお互いに「監督義務者」になるが、子供は、基本的には経済的な面倒をみるにとどまるものであり同居義務まであるものではないことから「監督義務者」にはならない、と「解釈」しました。

 これに対し、最高裁は、そもそも、夫婦の同居義務は強制できるものでもなく協力義務も抽象的なものだし、扶助義務も相手の生活を保障する義務であり第三者との関係で議論される義務ではないから、夫婦であるからといって、それだけで「監督義務者」になるわけではない、子供も同じである、と「解釈」したわけです。
 さらに最高裁は、「監督義務者」ではなくても、「事実上、責任無能力者の監督を行っており、監督義務を引き受けたと考えられる事情があるなら、民法714条が類推適用される」としましたが、本件の場合は、当時、妻も85歳と老齢で息子の妻の介護が必要となるほど足に麻痺があったりしていたので、「夫の監督義務を引き受けた事情はない」とされ、長男については、20年以上同居していないし、1か月に3回ほど訪問するだけだったので、「父の監督義務を引き受けた事情はない」と判断されました。

 なお、今回のように最高裁が事件を二審に「差し戻し」せずに「自判」するのは、二審が法令の適用を誤ったことを理由として二審判決を破棄する場合などに限られているので、とても珍しいケースです。

 最後になりますが、今回の判断は結論から言えば、とても常識的な判断だと思います。そもそも、「未成年者や認知症患者などが事件を起こしたので、誰かに責任をおしつけなければならない」という発想で民法714条を活用しようという考えを再検討しなければなりません。
 もちろん、被害者が発生しているわけですから、「誰も責任を負わない」という結論も社会を混乱させてしまいます。
 そこで、「加害者のない事故」というケースが存在することを社会において認識し、解決の枠組み(例えば、このような事故の被害を補填する基金を拡充するなど)を政治的に構築すべき事案であると考えます。